「究極の3次元TVの実現へ」:書き換え型3Dマルチカラーホログラフィックディスプレイデバイスの開発

京都工芸繊維大学 材料化学系 堤直人教授の研究チーム(チームリーダー・堤直人教授(京都工繊大)、木梨憲司助教(京都工繊大)ら)は容易に大面積化できる書き換え型マルチカラーホログラフィックディスプレイデバイスの開発に成功しました。本ホログラム材料は、光物理化学的変化に基づく現象を利用したもので、居間や野外の明るい環境下で瞬時に書き換えができる特徴を有しており、画期的なホログラム材料と位置付けられます。
 本技術は、3次元ホログラフィックテレビジョン(3DHTV)への第1歩であり、今後の展開が大きく期待されます。現在は、200×200mm2サイズのホログラフィックデバイスまでの開発に成功していますが、大面積化は容易であり、さらにRGBのフルカラー化に対応する材料開発への検討も行っており、今後の発展がさらに期待されます。

本研究成果は、Nature Publishing Group 発行の科学誌NPG Asia Materials誌(2016)8, e311; doi:10.1038/am.2016.136 平成28年9月16日版に掲載されました。
※誌面はこちらからご覧いただけます。

掲載論文:木梨憲司、深見高広、藪原侑樹、元石さつき、坂井亙、川本益揮、佐々高史、堤直人*
「Molecular design of azo-carbazole monolithic dyes for updatable full-color holograms」
 研究概要:アゾ―カルバゾールモノリシック化合物の書き換え型ホログラフィック特性を向上させることを念頭にその分子設計を行った。置換基をニトロ基あるいはシアノ基のような電子授与性基から電子供与性のメトキシ基へと改変させることにより、可視光の吸収領域を短波長化でき、赤色と緑色が透過する材料の開発に成功した。この材料を用いることにより、従来赤みがかったデバイスを黄色いデバイスへと変えることができ、青色レーザーでのホログラム像の書き込み(記録)、赤色、緑色レーザーでの読み出し(再生)に成功した。

1.研究のポイント

容易に大面積化できる書き換え型3次元(3D)マルチカラーホログラフィックディスプレイデバイスの開発に成功しました。本ホログラム材料は、光物理化学的変化に基づく現象を利用したもので、居間や野外の明るい環境下で瞬時に書き換えができる特徴を有しており、画期的なホログラム材料と位置付けられます。

2.研究の背景と経緯

目に優しく、動的な画像を立体的に表示できる3Dディスプレイや3Dテレビジョンの需要は非常に高く、2010年の3D元年以降、家庭向けにも3Dテレビジョンなどが販売され、人々の関心は依然高いです。現在開発されている方式は、両眼視差を利用した方式であり、特殊なメガネを用いてあるいは特殊なレンズを通して合成して立体像を作り出す方式です。
 それに対して、約70年前に発明されたホログラフィーは、物体や被写体からの3D情報を正確にそのままを記録・再生できる技法であり、普通の状態で自然に立体像を見ることのできる「究極の3D映像化」技術です(図1)。ホログラフィーは、物体や被写体からの情報を光の強度と位相の情報としてそのままの形で媒体に干渉縞※3)として記録し、再生させる技法です。再生光(読出し光)※4)により再生される情報は元の物体からの情報そのままであるので、違和感なく自然に3D立体像として再生されます。この技法を用いて展示用のアート作品分野や、身近ではクレジットカードや紙幣の偽造防止技術として、幅広く使われています。しかしながら、これらは、全て暗室で撮影され、その後写真と同様に暗室で化学反応を利用して現像や後処理などを経て、半永久的なホログラム像として利用しており、書き換えは全く不可能です。今まで大面積で明るい環境下で書き換えできるホログラム材料はほとんどありませんでした。従って、明るい環境で簡単に書き換えのできるホログラム材料が開発されれば、書き換え型3Dホログラフィックディスプレイシステムが構築でき、3Dホログラフィク動画(3Dホログラフィック映像)の世界が開けます。われわれのチームでは、書き換え可能なホログラム材料の有力候補の有機フォトリフラクティブポリマー※5)に注目し、3Dホログラフィック動画を可能にする大面積・高速応答性の3Dホログラフィックディスプレイデバイスの開発を行っています。その研究の中で、モノリシック化合物※6)を用いて無電界下で数百ミリ秒オーダーの速さで書き換えができることを見出し、その材料にさらに科学的な修飾を行うことにより、書き換え型マルチカラーホログラムデバイスのプロトタイプ(図2)の開発に成功しました。

3.研究の内容

京都工芸繊維大学 材料化学系の堤直人教授、木梨憲司助教らは、カルバゾールとアゾ基とを一分子内に有するモノリシック化合物を用いて物体や被写体からの3次元情報を干渉縞として記録し同時に再生し、さらに消去と同時に上書きする書き換え型マルチカラーホログラムデバイスの開発に成功しました(図2)。モノリシック化合物をアクリル系ポリマーに分散させたホログラムデバイスを用いて、青色(488 nm)のレーザー光の干渉パターンの明部でモノリシック化合物の光物理化学的な構造変化が瞬時に起こり、その部分に物体や被写体の3次元情報を干渉縞として記録すると同時に、赤色(632.8 nm)および緑色(532 nm)の読出し光により明るく再生できます(図2(b))。回折効率は20%以上と高く、明るい書き換え型ホログラムを見ることができます(図2(b))。特段の消去プロセスなしでさらに別の物体や被写体からの3次元情報を上書きできる特徴を有しています。開発した書き換え型ホログラムデバイスを用いて、物体や被写体の多数の異なる視点からの画像(視差画像)を要素ホログラム※7)として、それらを数百ミリ秒から1秒で順次書き込むホログラフィックステレオグラフィー※8)の技法で、元の物体や被写体の3次元ホログラムを再現できます。
 本手法を用いることによって、アイキャッチ効果を狙った3次元ホログラフィックデジタルサイネージ※9)などが作製可能です。

4.今後の展開

現在は、青色レーザー(@ 488 nm)でのホログラフィクステレオグラフィーを用いて、赤色レーザー(@632.8 nm)と緑色レーザー(@ 532 nm)のマルチカラー再生の書き換え型3Dマルチカラーホログラフィックディスプレイデバイスの開発に成功しました。今後は、ホログラムのフルカラー化への拡張を目指しています。
 さらに、ミリ秒オーダーの高速応答性の電界印加型フォトリフラクティブポリマーの開発にも成功しており、それらにメモリー機能を付与することにより、さらに高速の3Dホログラフィックディスプレイデバイスへと展開させます。

※本研究は、平成21年度-27年度 JST研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム【S‐イノベ】の下で実施されました。

<参考図>

画像1

 図1 ホログラフィーの原理

ホログラムの作り方は、①物体から反射した物体光とレーザーからの参照光が干渉してできる干渉縞を媒体に記録させます。②その記録媒体に読出光を照射させます。そうすると実際には物体がなくてもそこにあるように3次元像を見せることができます。

画像2

 図2 書き換え型3Dマルチカラーホログラフィックディスプレイシステムの概略図
NPG Asia Materials (2016) 8, e311; doi:10.1038/am.2016.136

モノリシック化合物高分子膜の書き換え型ホログラフィック材料を用いて、数秒の書込み応答性を有する書き換え可能なマルチカラーホログラム記録と同時読出しに成功しました。図2(a)は被写体となる物体からの物体光(object beam)と参照光(reference beam)によるマルチカラーホログラムの書込みと、読出し光(reading beam)による同時再生を行う装置の模式図です。(b)赤と緑のレーザー光で再生したマルチカラーホログラム。(c)本システムで記録再生された色の色度図である。

<用語説明>

※1 ホログラフィー:ホログラフィーは物体からの光の波面(光の振幅と位相)をホログラムとして記録し,それを再生する技法です。ホロ(Holo)は、ギリシャ語で“全て”を意味する言葉であり、ホログラフィー(Holography)は物体からの全ての情報(光の波面)を記録する技法と定義されます。(補足:物体からの情報を記録する技法としては、写真技法(Photography)や映像技法が一般的です。写真や映像技法では、物体からの光の強度のみを記録するために、物体からの位相情報が欠落しているので3D像を再生することは不可能です。)

※2 ホログラム:ホログラフィーの技法により記録された像をホログラムと言います。ホログラムは、可干渉性のレーザーを用いて、物体からの物体光と参照光とを干渉させて、ホログラム記録媒体中に物体からの光の波面(光の振幅と位相)を干渉縞として記録した像のことです。

※3 干渉縞:2つの光波(ここでは物体光と参照光)が重なり合うと、強め合う部分と弱めあう部分とが交互に周期的できます。この現象を干渉と言います。光の干渉によってできる光の明暗の縞模様を干渉縞と言います。

※4 再生光(読出し光):書き換え型ホログラムデバイス中の干渉縞の中に記録されたホログラムを立体像として浮かび上がらせるための読出し光のことです。

※5 有機フォトリフラクティブポリマー:フォトリフラクティブ効果は、光の波の性質である干渉および光機能性の光導電性とポッケルス効果(2次の非線形光学効果の一種、一次の電気光学効果)との組合せによる電荷の再分布に基づく屈折率変調格子を形成する現象と定義されます。フォトリフラクティブ効果では、2本のレーザービームを試料内で交差させ、試料内に光の明暗の干渉縞を作り出します。ここまでは単なる干渉です。明部において外部電場の助けを借りて光キャリア対が生成します。生成した光キャリア対のうちホールキャリアが暗部に向かって移動しそこで留まります。その結果、光の明暗縞はキャリア密度の周期的な分布となります。周期的な電荷分布により両キャリア間に空間電荷電場が形成されます。外部電場で配向した非線形光学色素の1次の電気光学効果(Pockels効果)により、空間電荷電場と外部電場の和に比例する周期的な屈折率変調格子が形成されます。この周期的な屈折率変調格子が回折格子となります。屈折率変調格子は光の干渉縞から位相がΦだけずれており、これがフォトリフラクティブ格子特有の非対称エネルギー移動に基づく光増幅効果をもたらします。さらに、PRポリマーでは、分子の配向に基づく配向増幅効果がもたらされます。フォトリフラクティブ効果を示す材料の高速応答性によって、動的なホログラムまたはホログラム記録像が形成されます。

※6 モノリシック化合物:一分子内で必要な機能をもたせた化合物のこと。

※7 要素ホログラム:多数の視点から撮影した2次元画像列の1個1個を要素ホログラムといいます。

※8 ホログラフィックステレオグラフィー:多数の視点から撮影した2次元画像列を要素ホログラムとして、それらを合成することで立体像を再生するものです。

※9 3Dホログラフィックデジタルサイネージ(電子掲示板):近年普及著しいデジタルサイネージ(電子掲示板)に、3Dホログラフィーの要素を入れたデジタルサイネージです。