令和3年度 入学宣誓式 祝辞

式典の様子を録画した動画はこちら

令和3年度 入学宣誓式 学長祝辞

 京都工芸繊維大学工芸科学部及び大学院工芸科学研究科の新入生諸君、入学おめでとうございます。コロナ禍における本日までの道のりは、本当に大変なものであったと思います。入学に際し、心より賛辞を贈りたいと思います。
 昨年は、新型コロナウィルス感染症の拡大により、止むを得ず式典を取り止めました。今も新型コロナウィルスは終息の気配を見せていませんが、我々はウィズコロナの暮らしとしてニューノーマルと言われる生活様式を維持し、そのルールの下で本日の入学宣誓式を迎えることができました。しかしながら、これまで、そしてこの一年の過酷な状況の中で皆さんを支えてこられたご家族、関係者の方々に出席を控えていただかざるを得ませんでした。誠に残念ではありますが、ご理解くださいますようお願い申し上げます。

森迫清貴学長の祝辞

 さて、本年4月に入学されたのは、編入生59名を含む学部生648名、大学院博士前期課程506名、博士後期課程30名です。学ぶ専門は異なるかもしれませんが、2021年度、令和3年度のそれぞれの学年の京都工芸繊維大学の同級生です。本学はこれからの工科系人材の育成のためには、専門分野横断型の教育研究が必要不可欠であると考え、随所に取り入れていますので、縁あって同級生となったことは近い将来意味を持つことがあるかもしれません。この縁を大切にしてほしいと思います。

 本学は、1949年の大学設置から70年強、また前身校である1899年の京都蚕業講習所、1902年の京都高等工藝学校の設置から約120年の歴史を持ちます。
 日本の高等教育は、現在、少なくとも3回目の大きな転換期に入っています。最初は、もちろん高等教育というものが国の制度として始まった明治維新後です。その当時の主要輸出品であった生糸を日本中で安定的に生産するために、西日本の養蚕業の指導拠点として作られたのが本学の前身校の一である京都蚕業講習所です。また、日本が欧米に大きく遅れを取っていることを痛感した当時の政府が、近代化を急ぐ必要から旧制高等学校、師範学校、医学専門学校などの官立高等学校を日本中に設置していました。その中でも高等工業学校は重要であったと思われます。最初に東京に設置され、そして大阪、三つ目が京都、すなわち本学でした。東京高等工業学校は現在の東京工業大学、大阪高等工業学校が大阪大学工学部となり、三番目の京都高等工藝学校が本学となりました。1902年当時、官立大学は東京帝国大学、京都帝国大学の二つであり、本学は27番目の官立高等学校、29番目の官立高等教育機関として設置されたことになります。

 2回目の転換期は、太平洋戦争後の新制国立大学の設置です。敗戦国となった日本は、連合国軍の占領下に置かれることになり、GHQ、すなわち連合国軍最高司令部の民間情報教育局CIEの指導の下で教育改革が行われました。CIEは、大学の大都市集中を避け、また教育の機会均等を実現するために一県一大学の方針で設置するよう文部省に要請しました。官立大学及び高等学校が統合され各県に一つの国立大学が設置されましたが、最終的には、北海道、東京、愛知、大阪、京都、福岡には複数の大学設置が認められました。京都には、京都大学、京都学芸大学、現在の京都教育大学、そして本学が置かれました。1949年に設置された国立大学は69大学ですが、現在は86の国立大学があります。新制国立大学は、戦災からの国土復興、産業復旧・産業振興に大いに役立ち、日本の高度経済成長に貢献したことは間違いありません。ここまでの2回の大学、高等教育の変革は、いずれも目指すべき日本のイメージがあったと思います。

 21世紀に入って20年を経た現在、日本、そして世界は人の暮らしに関係する様々な不安定要素に直面しています。新型コロナウイルスによる感染症の世界的拡大もその一つですが、貿易摩擦や格差問題など、また、日本では少子高齢化や経済低成長、東京一局集中、地方衰退など、短期的・本質的にはなかなか解決し得ない深刻な問題があり、皆さんも将来に対し不安を感じていると思います。我々は、早急にそれらの課題を解決しなければならない状況にあります。SDGsのことは皆さんもご存知でしょう。世界は、未だ有効な、あるいは効果的な解決方法を獲得できているとは言えません。我々は、先の見えない状況に置かれており、こうした様々な課題解決に対し、今、大学としてどのような人材を育てていくのか、が問われていると認識しています。すなわち、日本の高等教育は、今まさに3回目の変革の途上なのです。明治維新や敗戦といった明確なものではありませんが、問題が多岐に亘っており状況は極めて深刻で、真摯に対応しなければなりません。

 その変革にあたって、本学は、2014年から「TECH LEADER」と呼ぶ高度専門技術者の育成を目標に掲げています。「テック・リーダー」は、単なる「技術者、エンジニア」ではありません。
 18世紀後半から始まった産業革命という世界規模の近代化に貢献した工学技術は、専門に特化しつつ発展し、経済成長を促して来ましたが、一方で地球全体の様々なフェーズで、解決しなければならない難題を数々引き起こしました。本学では、高等教育を受けた工学技術者が科学技術の進歩を、真に人類の幸福のために生かすべく、自分自身の専門分野を確実に身につけ修練しつつ、広い視野で様々な分野の人々と協議、協働を心がけて現在の様々な課題を解決していかなければならないと確信し教育を行なってきました。本学が「工学部」ではなくより人間というものを意識した「工芸科学部」を名乗っている所以です。
 2014年に文部科学省のスーパーグローバル大学に選ばれたことを機に、単なるエンジニアではなく、本学が提唱する「テック・リーダー」と呼べる高度専門技術者を育てることに目標を定めました。
 テック・リーダーとは、「専門分野の知識・技能を基盤として、グローバルな現場でリーダーシップを発揮して様々な社会課題に取り組むプロジェクトを成功に導くことのできる人材」のことです。
 テック・リーダーの持つべき能力を「工繊コンピテンシー」として示しています。「工繊コンピテンシー」とは、「専門力」、「リーダーシップ」、「外国語コミュニーケーション力」そして「文化的アイデンティティ」です。各課程、専攻の教育プログラムには、それらが身につくよう関係する授業科目が配置されています。自己管理の下、しっかり自律して、学部生の方は4年後にテック・リーダーとして巣立っていただくことを期待しています。また、大学院生の方は、より高度なテック・リーダーとなれるよう心がけてください。

 さらに今年から、大学としてもう一つ、根幹となるビジョンを表す標語を掲げることにしました。それは、「京都思考KYOTO Thinking」という言葉です。今年の正月の新聞広告あるいは京都駅の広告パネルでご覧になった方もおられるかも知れません。
 京都工芸繊維大学は、言うまでもなく京都にある国際的工科系大学です。この、世界に知られた歴史文化都市、京都にある、ということが重要です。この地は日本の文化の本質にあたる部分を生み出してきたと同時に、ものづくりの発信拠点として多くの「もの」を生み出し、洗練してきました。「匠の技」と呼ばれる伝統工芸のものづくりの技術は、単に継承されるだけのものではなく、常に新しい技術を創出し、革新的な挑戦を続けることによって、更に研ぎ澄まされ、国内外の信用を得てきました。それは、人々の生活を豊かにすることを思考することで、社会的なイノベーションを常に生み出そうとする「みやこ」としての自負によってなされてきたものです。この創造的挑戦心を育んできた京都という場のもつ力を、工学の研究・教育に活かし実践する、これこそが本学のミッションであり、「京都思考KYOTO Thinking」と呼ぶものです。

 さらに、KYOTO Thinkingに3つの理念を示唆するキー・スローガンを掲げました。
 一つ目は、ART×(かける)SCIENCE です。アートはデザインの一つ上位の概念になります。心を突き動かす、パッション、夢です。我々はイノベーションのための飛躍的発想としての科学空想的思考、すなわち現時点ではあり得ないことまで空想する思考と、緻密な分析的思考を融合させ、新価値の創造を目指します。
 二つ目は、LOCAL×GLOBALです。すなわち質の高いものづくりと信用に支えられた京都思考に加え、地球的課題への取組と国際的に通用する価値を理解し、新価値の創造を目指します。
 そして三つ目は、TRADITION×INNOVATIONです。京都の歴史・文化への深い理解と、その信用ベースの価値体系への寄り添いに、追随できない匠の技を掛け合わせ、新価値の創造を目指します。
 「かける」の記号は外積的意味もあります。外積、あるいはベクトル積は大学で学びますが、「かける」ことによって、質の異なる空間、分野を新たに生み出します。

 皆さんは、京都の地にある本学で勉学され、研究やプロジェクトに打ち込まれることと思います。様々なフェーズで「京都思考KYOTO Thinking」を想い起こし、思考そして行動の活力としていただきたいと思います。

 我々は、皆さんの新しい力に期待すると共に、皆さん自身が新たな気持ちで勉学、研究に取り組まれるであろうことを、大いに望んでいます。一方で、新型コロナウィルス感染症により、まだまだ制約のある生活を強いられることになると思います。ここは、落ち着いて、じっくり構え、京都工芸繊維大学学生としての自覚を持って考え、行動し、この時期を必ずや有意義なものとしてください。
 教職員一同、また在学生とともに、新しい時代を切り拓き、人類、世界にとって豊かな社会を実現するために共に頑張っていきましょう。
 本日は、誠におめでとうございます。

令和3年4月5日
京都工芸繊維大学長
森迫 清貴