注目研究の紹介 2022年7月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

【2022年7月】
 量子化学計算支援による機能性ナノ材料の創製
(材料化学系 湯村尚史 教授) ※紹介動画はこちら(YouTubeが開きます)

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量子化学計算支援による機能性ナノ材料の創製

 近年、ナノテクノロジーなどの最先端科学分野において量子化学計算の重要性が増しています。量子化学計算では、分子や固体などの物質の構造を基にシュレーディンガー方程式を解きます。その結果として得られる波動関数やそのエネルギーは、物質の機能発現に重要な役割を果たしています。このため、量子化学計算を行うことにより物質の構造と機能の相関性に関する知見を得ることができます。さらに、量子化学計算を行うもう一つの利点として、ある化学反応における局所安定構造や遷移状態を簡単に得られることが挙げられるます。このため、量子化学計算を行うことにより化学反応を原子レベルで追跡できます。これらの知見を総合的に解釈することにより、量子化学計算が支援した形での新規機能性材料の設計が可能となります。
 これらの背景を踏まえ、本研究室ではカーボンナノチューブやゼオライトといったナノメートルサイズの材料に新たな機能を付与するための知見を理論的に得ています。実際、量子論に基づいた分子軌道法や密度汎関数法を用いて、計算機を用いたシミュレーションを行い、原子・分子レベルで化学反応機構や材料物性を調べ、その結果として以下のような成果を得ています。

図1

[1] ゼオライトを用いた生体酵素模倣触媒の設計

 銅を含有した ZSM-5 ゼオライトは酸素分子とメタンを取り込みメタノールに変換するという触媒機能を有しています。この機能は、生体酵素メタンモノオキシゲナーゼの触媒機能を模倣したものとして注目を浴びたものの、その反応温度は 450 度と生体内の反応を模倣したものとは程遠い反応条件となっています。この触媒反応を理解するために、本研究室では量子化学計算を行いゼオライトに含有された銅カチオンと酸素分子との反応で生じる中間体の構造と、化学反応に関するエネルギープロファイルを得ています。特に、この系に水一分子を添加することにより、エネルギー的に安定で、しかも活性の高い中間体が生成することを見出しています。このエネルギー的に安定な中間体では、銅カチオンに配位した酸素原子がラジカルを有しているため、メタンC−H 結合を容易に活性化することが可能となっています。実際、メタンC−H 結合の活性化障壁は 7.9 kcal/molであり、メタンC−H 結合の結合解離エネルギー(104 kcal/mol)と比較すると、驚異的に低い値になっていることがわかります。これらの知見から、酸素雰囲気化銅含有 ZSM-5 に一つの水分子を添加することにより生体酵素を模倣した触媒の作成が可能なことを理論的に提案しています。

図2

[2] カーボンナノチューブを用いた機能性材料の設計

 カーボンナノチューブはグラフェンを巻くことにより得られるナノメートルサイズの材料で、その興味深い特徴として内部にナノメートルサイズの空間を有していることが挙げられます。このため、この内部のナノ空間に様々な分子と取り込むことでホストーゲスト材料となり、カーボンナノチューブにない機能が付与されます。このホストーゲスト材料では、ホストの制限された空間を用いて、内部のゲスト分子集合体の構造および電子特性の制御が期待されます。当研究室では、ゲスト分子としてフラーレン、チオフェンオリゴマーおよびスチルベン誘導体に注目し、ゲスト分子集合体の機能をホストチューブの空間サイズで調整するための知見を得ています。 実際には、チューブホストとゲスト分子との間に働く遠距離相互作用の起源を探り、その相互作用を利用することでゲスト分子のナノ空間での分子配向や配列、その結果として機能性を制御する知見を得ています。

図3

[3] ナノ材料設計を指向した量子化学計算の高速化に関する研究

 量子化学計算において局所安定構造や遷移状態を得るためには構造最適化という操作が必要になります。この構造最適化では、まず、ある初期材料を作成し、その全エネルギーを、シュレーディンガー方程式を解くことにより得ます。その後、エネルギーの一次微分、つまり力を算出し、力の方向に各原子を動かして新たな構造を作成し、その後、再度全エネルギーと力を算出します。この操作を、各原子の力が零になるまで行い最適化構造を得ます。ナノ材料は数百から千原子からなる系ですので、その構造最適化を完了するためには膨大な計算コストがかかり、ナノ材料を設計するうえでの大きなハードルとなります。これを克服する上で、本研究室は会津大学との共同研究を行うことにより、データ科学の知見を利用した量子化学計算の高速化に関する知見を得ています。

【主な発表論文】

  • [1] Effects of ZSM-5 zeolite confinement on reaction intermediates during dioxygen activation by enclosed dicopper cations
    T. Yumura, M. Takeuchi, H. Kobayashi, Y. Kuroda
    Inorganic chemistry 2009, 48 (2), 508-517.
  • [2] Roles of water molecules in modulating the reactivity of dioxygen-bound Cu-ZSM-5 toward methane: a theoretical prediction
    T. Yumura, Y. Hirose, T. Wakasugi, Y. Kuroda, H. Kobayashi
    ACS Catalysis 2016, 6 (4), 2487-2495.
  • [3] Importance of the alignment of polar π conjugated molecules inside carbon nanotubes in determining second-order non-linear optical properties
    T. Yumura, W. Yamamoto
    Physical Chemistry Chemical Physics 2017, 19 (36), 24819-24828.
  • [4] Kinetic control in the alignment of polar π-conjugated molecules inside carbon nanotubes
    T. Yumura, W. Yamamoto
    The Journal of Physical Chemistry C 2018, 122 (31), 18151-18160.

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