顧みられない熱帯病(NTDs)とはWHOが制圧すべき熱帯病と指定する20の疾病であり、その中には12の寄生虫症が含まれ、抗寄生虫薬開発が求められています。長崎大学の稲岡ダニエル健助教のグループは寄生虫とその宿主であるヒトのエネルギー代謝に焦点を絞り、寄生適応機構の解明とそれを標的にした創薬を目的として研究を進めて来ました。その結果、寄生虫の細胞内において多様な酵素系が機能し、生活環における環境の変化に巧妙に順応している事が判って来ました。中でも寄生虫のエネルギー代謝系酵素群が極めて特殊な性質を持ち、宿主中での寄生適応に重要な役割を果している事を明らかにしつつあります。通常のエネルギー代謝には酸素が必要不可欠ですが、様々な寄生現象が成立する部位においては低酸素であるため、寄生虫では低酸素的なエネルギー代謝が行われています。その過程で、寄生虫が有する低酸素ミトコンドリアで行われるフマル酸呼吸が重要である事を解明してきました( Harada et al., Biochim. Biophys. Acta., 2013; Inaoka et al., Int. J. Mol. Sci., 2015)。興味深い事に、寄生虫が持つ低酸素環境適応機構は、微小環境(低酸素・低栄養)でも生き延びる一部の癌細胞でも行われ、有望な創薬標的である事も近年明らかとなりました(Miyazaki Y., Inaoka D. K., et al., Front. Pharmacol., 2018, Under Review)。今回はこの様な観点から行った、ブタ回虫の低酸素ミトコンドリア研究について紹介します。
【演 者】
稲岡 ダニエル 健 博士
長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科・助教
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