私たちが生きるために欠かせないエネルギー分子「ATP(アデノシン三リン酸)1)」を作り出すのが、細胞の中にある「ATP合成酵素2)」という巨大な膜タンパク質3)です。ATP合成酵素は、生体膜に埋め込まれ、水素イオンの流れを回転運動に変換し、その力でATPを合成するという、まるでナノサイズの発電機のような働きをしています。しかし、これまで「水素イオンの流れによる回転が、どのようにATP合成反応につながるのか」という詳細な仕組みは謎のままでした。
応用生物学系 岸川淳一 准教授らの研究グループは、ATP合成酵素を「擬似生体膜小胞」に組み込み、実際に水素イオンの流れが発生している状態で、クライオ電子顕微鏡4)による撮影に成功しました。その結果、膜に埋まった部分とATPを作る膜外部分の間で「ねじれ」が生じ、効率よくATP合成を進めることが明らかになりました。これは、生命のエネルギー生産の核心に迫る重要な発見です。
今回の研究は、生命の基本メカニズムを理解するだけでなく、薬剤標的となる膜タンパク質の構造解明手法に革新をもたらし、医療分野への応用にもつながります。
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本研究成果は、2025年10月17日(現地時間)に国際学術誌『Science Advances』(外部リンク)にて公開されました。
<用語解説>
1)ATP (adenosine triphosphate)
様々な生体反応にエネルギー源として使われるため、細胞のエネルギー通貨とも呼ばれる。ヒトをはじめ多くの生物では、ATP合成のほとんどはATP合成酵素によって担われている。
2)ATP合成酵素 (ATP synthase)
ATPの合成を担うタンパク質。真核生物の場合、ミトコンドリア内膜、細菌の場合は細胞膜に存在する。膜に埋まった部分で、生体膜内外に形成されたpH差を回転に変換し、膜から突き出た部分で回転力を使ってATPを合成する。回転によって反応を行うため、回転分子モーターとも呼ばれる。今回の研究では、V/A-ATPaseとよばれるATP合成酵素を材料とした。安定であり、構造解析に適した試料である。
3)膜タンパク質 (Membrane proteins)
その一部、または全体が生体膜の中に埋まっているタンパク質。細胞内外の情報伝達や物質の輸送などに関わる。タンパク質全体の約3割が膜タンパク質である。
4)クライオ電子顕微鏡法(cryo electron microscopy)
急速凍結したタンパク質などの生体試料に電子線を照射し、透過型電子顕微鏡を用いて試料の観察を行う。得られた2次元像から画像解析により、3次元再構成を行い、生体分子の立体構造を決定する。
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