博士前期課程学生 下村鈴音さん、分子化学系 外間進悟 助教ら研究グループは、六方晶窒化ホウ素(hBN)注1)ナノ粒子を用いた新しい量子センサ注3)の開発に成功しました。本研究では、hBNナノ粒子内部に多数の「ホウ素空孔中心注2)」と呼ばれる欠陥を導入し、この欠陥の持つ量子特性に基づく蛍光信号を利用することで、光を使って周囲の微小な温度変化を検出できることを実証しました。さらに、二次元材料の欠点である「構造的に脆い」という性質をシリカ(酸化ケイ素)の薄膜でコートすることにより安定化し、その上に高分枝鎖ポリグリセロールを付加する二段階の表面修飾を施すことで、粒子同士が凝集せず水中で安定に分散し、タンパク質の付着も強力に抑制できることを確認しました。この表面修飾により、生体内のような複雑な環境下でもナノ粒子が量子センサとして機能することが可能となりました。実際に、調製したhBNナノ粒子をヒト培養細胞(HeLa細胞)内に取り込ませ、細胞内部から発せられる量子特性信号を検出することにも成功しました。二次元材料であるhBNに基づく量子センサが細胞内で機能することを示したのは世界で初めてであり、細胞内部の温度分布など物理量を非侵襲的に計測する新たな手法として注目されます。本研究成果は、量子センサを用いたバイオセンシングの可能性を大きく拡げるものです。

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本研究成果は、2026年3月13日(日本時間)付でナノテクノロジー分野の国際的な学術誌『Nano Letters』(外部リンク)にオンライン掲載されました。
【用語解説】
注1)六方晶窒化ホウ素(hBN:hexagonal Boron Nitride)
ホウ素(B)と窒素(N)から成る結晶で、原子が蜂の巣状に配列し積層した二次元材料です。性質は絶縁性で、グラフェンと類似した層状構造を持ち、単原子層(厚さ0.3ナノメートル程度)から成るシートとして存在します。化学的・熱的に安定で表面に余分な手がかり(ダングリングボンド)を持たないため、ナノ材料として優れた特性を示します。近年、このhBN結晶中に生じる欠陥に光学的な特性があることが分かり、量子ドットや蛍光体としての応用のほか、量子センサ材料としても注目を集めています。
注2)ホウ素空孔中心(boron vacancy, VB)
六方晶窒化ホウ素(hBN)の結晶中でホウ素原子が欠けている箇所(空孔)です。結晶からホウ素原子が抜けると、その位置に欠陥(VB)が形成され、周囲とは異なる電子状態を示します。この欠陥は光を当てると特有の蛍光を発し、その明るさの周波数応答性が温度や磁場など周囲の環境によって変化します。すなわちホウ素空孔中心はhBN内の「発光する計測点」として機能し、ダイヤモンド中の窒素-空孔中心(NVセンタ)と同様に、量子センサのセンシング要素となるものです。より具体的には、ホウ素空孔中心は量子スピンを持ち、そのスピン状態を光学的に読み取ることで温度や磁場を検出できます。今回の研究では、このホウ素空孔中心を高密度に含むhBNナノ粒子を作製し、量子センサとしての動作を実証しました。
注3)量子センサ(Quantum sensor)
物質が持つ原子・電子スピンなどの量子状態を利用して、周囲の環境情報を高感度に検出できるセンサです。光やマイクロ波を用いて量子状態を操作・読み取ることで、温度や磁場、電場、化学種濃度などをナノスケールで計測できます。生体への応用例として、ダイヤモンド中のNVセンタを用いた蛍光ナノダイヤモンドや、本研究で用いたhBN中のホウ素空孔中心などがあります。従来のセンサでは難しい細胞内部の計測や、極微小な物理量の変化検出を可能にする次世代計測技術として期待されています。
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