
本日、学士、修士あるいは博士の学位を授与された皆さん、誠におめでとうございます。京都工芸繊維大学を代表し、心よりお祝い申し上げます。また、ご家族をはじめ皆さんを支えてこられたすべての方々、そして皆さんを指導してこられた先生方にお祝いと感謝の意を表したいと思います。
今回の学位記授与者は学士が608名、修士が483名で、博士が23名です。本学は、幅広い教養と高い倫理性を備え、構想力、遂行力、リーダーシップを発揮しながら、産業や社会、文化に貢献できる国際的な工科系高度専門技術者の育成を目指しています。このような専門技術者を、本学ではTECH LEADERとよび、「個の確立」に加え、「外国語運用能力」「専門力」「リーダーシップ」の3つの能力を備えることを期待しています。
「個の確立」という面において、皆さんはパンデミックという未曾有の事態を経験されました。修士課程を修了する皆さんは、大学生活の始まりがまさにその渦中でした。学部や博士課程を終える皆さんも、それぞれの立場で大きな影響を受けてきたことでしょう。
本学では、コロナ禍が始まった6年前、2020年3月の学位記授与式と4月の入学宣誓式は中止を余儀なくされ、前学期の授業はすべてオンラインとなりました。当時の学部新入生、すなわち本日修士の学位を授与される学年の皆さんは、8月に行われた対面でのスクーリングまで、キャンパスに足を踏み入れることすら叶いませんでした。私が当時担当していた3回生の授業の教室では、5か月ぶりに顔を合わせた学生たちが、再会を心から喜び合う姿があり、その光景はいまも鮮明に記憶に残っています。
学びとは、本来、ひとりで完結するものではありません。疑問を抱き、周囲と語り合い、互いの考えをぶつけ合うことで、理解は深まり、視野は広がります。同級生や先輩後輩、教員との交流を通して、多様な価値観に触れ、自らの考え方や人格が形づくられていく―いわゆる「個の確立」が、TECH LEADERの大切な柱です。「個の確立」を阻害する危機を皆さんは乗り越えられました。
TECH LEADERとして、これから実社会で新たな価値を生み出していくうえでも、多様な交流を通じて得られる気づきや学びは、欠かすことのできないものです。工学は、人のためにあり、人との関わりの中でこそ磨かれ、活かされていきます。ぜひ、自らの専門分野から越境し、異分野の人たちと交流し、果敢に他流試合に挑んでください。
かたや、TECH LEADERが備えるべき能力「専門力」と「外国語運用能力」は、急速に進化する人工知能の影響を大きく受け始めました。その影響は今後さらに拡大していくでしょう。皆さんは、学生時代から人工知能を活用してきた最初の世代です。
10年ほど前から、ニューラルネットワークを用いた機械翻訳の性能は飛躍的に向上し、インターネットを介した翻訳は日常的になりました。英語による専門的な知識の吸収や発信が効率化され、異なる国や異文化の人たちとの対話や協働、さらには共感や信頼を妨げてきた言語の壁は、低くなりつつあります。だからこそ、本学で得た「外国語運用能力」をさらに深められ、皆さんがグローバルな舞台で活躍されることを期待しています。
さらに、2023年頃から急速に普及した大規模言語モデルに基づく生成AIは、「専門力」の領域にも影響を及ぼし始めています。例えば、今年の大学入学共通テストでは、生成AIが9科目で満点、15科目で得点率97%に達したと報じられました。人工知能は人間の脳の働きの模倣から始まったので、あたかも人間の代わりを務められると考えがちです。しかし、鳥の模倣から開発が始まった飛行機が、鳥とは異なるものになったように、人間と人工知能もまた異なります。
人工知能は大量のデータを学習したのちに、初めて推論ができます。その人工知能が生成した推論を選択するのは人間です。また、人間は全く予想のつかない突発的な状況や、おおもとの前提条件が崩れるような状況でも判断する力を持っています。今後は、人工知能を適切に活用しながら、自らの専門性を研ぎ澄まし高度化していくことが、より一層重要です。皆さんの専門性を活かし、人工知能と共生する社会に向けて、果敢に挑戦されることを期待します。
TECH LEADERには「リーダーシップ」を求めています。経営学の大家ドラッカーは著書『プロフェッショナルの条件』の中で、「リーダーシップとは仕事であり、行動である」と述べています。彼は、リーダーシップを、目標を設定し、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する仕事であると定義しました。そして、その要素として、仕事、責任、信頼の三つを挙げています。リーダーシップは誰でも習得可能で、外向的な人も内省的な人も、多弁な人も寡黙な人もリーダーになりうるとしています。皆さんは、研究室活動や課外活動で、このリーダーシップの本質を体感したことでしょう。
これから皆さんは大きく変化する社会に立ち向かって行きます。明治維新を経験した福沢諭吉は、150年前に著書『文明論之概略』の中で、自らの半生を振り返って「一身にして二生を経る」との言葉を残しました。一人の人間として一生のうちに、2つの全く異なる時代を生きたことを表しています。人工知能が急速に進展し激しく変化する社会で、皆さんにも「一身にして二生を経る」人生が待っていることでしょう。パンデミックの経験と、本学で培ったTECH LEADERとしての資質は、激動する社会において、皆さんが新たな挑戦へと踏み出す際の強みとなります。
最後に、挑戦の原動力となる「喜び」や「楽しみ」について触れたいと思います。本学での活動の中で、真理探究で得られる喜びを感じた人がいると思います。知る喜びは、学術の原動力です。何かをつくった人もいると思います。つくる喜びは、工学の推進力です。いろいろな人との連携を通じてお互いに認め合い共感する先に、共に咲く喜びがあります。喜びや楽しみは、夢と希望につながっています。このような感情や共感がTECH LEADERの力の源泉であり、人工知能と共生する社会で重要になっていくと私は考えています。きっと、皆さんは大きな成功を収め、本学が理念で掲げる平和で豊かな社会システムの構築に貢献されることと思います。
本日は、誠におめでとうございます。みなさんの今後の一層のご活躍を祈って、お祝いの言葉といたします。
令和8年3月23日
京都工芸繊維大学長
吉本 昌広