平成28年度海外教育連携教員派遣報告
吉田 裕美 准教授 (ハーバード大学)

所属 分子化学系
氏名・職名 吉田 裕美 准教授
期間 平成28年4月1日-平成29年3月31日
滞在先 ハーバード大学(アメリカ)

ハーバード大学について

 ハーバード大学は、米国の東海岸マサチューセッツ州のゲンブリッジに位置する私立大学です。学生数は、学部生は約6700人、大学院生は約14500人で、学生数だけを比較すると京都工芸繊維大学の5倍程度の規模ですが、教職員数は連携教育機関や病院を含めて約12800人と非常に多く、大学としては大きな組織です。ハーバード大学といえば、アメリカ合衆国建国以前から清教徒らによって設立されたアメリカ最古の大学ですが、それよりも近年は、Academic Ranking of World Universities などの世界大学ランキングで上位に位置する大学として認識されることの方が多いかもしれません。世界ランキングにおける順位付けの是非は時として大いに議論されていますが、それはさておき、優秀な学生が国内外を問わず集まっていることには間違いないと思います。学生の約2割を海外からの留学生が占めていますが、国内の学生自体も多種多様な国のアイデンティティーを持っているので、一見して国内出身者か海外出身者かを判断することは至難の業です。

 

学位授与式とともに開催される盛大な同窓会。今年のゲストは、映画監督のSteven Spielberg

 

Harvard では、たまに野生の七面鳥と出くわすことがある。

学位授与式とともに開催される盛大な同窓会。今年のゲストは、映画監督のSteven Spielberg

Harvard では、たまに野生の七面鳥と出くわすことがある。

ハーバードの学部教育

重厚な造りのWidener 図書館。

 米国の大学における学部教育では、日本と比較してより教養教育が重視されていますが、とりわけその先鋒となっているのがハーバード大学です。入学と同時にすべての学生は、理系・文系の区別なく、Arts and Sciences に属して4年間を過ごします。1年は秋学期と春学期からなり、それぞれの学期ごとに、経済、言語、歴史、生物、物理などのコースを自由に選択し、実際に自分の専攻を選ぶのは、2年の秋学期からです。専攻選択の際、人数制限はなく、希望をすれば必ずその専攻に所属することができます。日本では最終学年で卒業研究をしますが、ハーバードでは卒業研究がないため、化学以外の講義を増やす傾向にあります。この傾向は、卒業生の進路にも表れています。驚いたことに、化学専攻の学生21人の内、化学系大学院に進学したものはたったの2名で、それ以外は、7人がメディカルスクールすなわち医師をめざし、5人が会社(起業を含む)に入り、残りが様々な分野(教師など)に進んでいました。

講義

 学部ディレクターTucci Gregory講師のご協力で、学部講義(Life and Physical Sciences A: Foundermental Chemistry and Biology)に参加させてもらいました。このコースは、講義(60 分×3回/週)、実験(180分×1回/週)、議論(60 分×1回/週)、演習(60 分×1回/週)からなります。それぞれの講義の前には、教科書の指定された箇所をあらかじめ予習し、それに関する宿題を提出しておかなくてはなりません。また、毎週金曜日に、復習のための宿題も提出が義務付けられています。当然、学生はこのコースだけ取っているわけではないので、期待されている自宅学習は相当な量になります。講義中は、問題を解くことが多く、教科書に記載されている内容を説明することはありません。教科書を読んで独学することが基本のようです。分からないところは週に2回1時間ずつ設けられたOffice Hours で講師に質問し、それに加えてTeaching Fellow:TF (ほとんどがPhDの学生)も時間外に学生の独学をサポートします。

研究室

相棒のポスドクMaralと私。

  私は、現在、Department of Chemistry and Chemical Biologyに属する Whitesides研でお世話になっています。29 人のポスドク・客員研究員から構成される巨大グループですが、PhD の学生はドイツからの留学生1人のみで、研究室はポスドク主体で運営されています。各ポスドクの研究は、予算のプロポーザルに合わせて大きな枠は与えられているものの、基本的にポスドクの裁量に任されています。Whitesides教授は不在にすることも多いので、アイデアや研究計画についてポスドク同士で自主的にdiscussion している姿が頻繁に見受けられます。私は、Whitesides研の技術を取り入れながら、自分の研究テーマに関する実験を進めています。Whitesides研といえば、名物のOutlineがあります。実験結果が出る前から、論文の下書き(Outline)を書き始め、Whitesides教授に提出します。提出段階で、Introduction、Experimental、Referencesは、論文の投稿原稿に限りなく近い完成度で仕上げる必要があるのですが、始めそのことを理解せずに提出してしまったので、writingに関してかなり辛辣なコメントで埋め尽くされたoutlineが返ってきて、一回り下のポスドク達に慰められました。論文投稿までに、一つのoutlineについて平均15回の書き直しがあるらしく、多くの原稿がWhitesides教授とポスドクの間を行き来しています。原稿は約1~2週間程度で返却されるので、Whiteisdes教授のその仕事量には圧倒されてしまいます。

 

 

米国に住んでみて

  私は子連れで渡米したので、研究や大学だけでなく、米国の医療、初等教育、ワークライフバランスなどを考えさせられる機会も多々ありました。一つ感じますのは、とある施策についても、日本では、欧米の施策の良い面が宣伝されますが、それと表裏一体の悪い面は伝えられない傾向にあるということです。現地で得たバランス感覚を、帰国後に京都工芸繊維大学で生かしていけたらと思っています。

最後に

 今回の米国派遣に際し、スーパーグローバル大学創成支援事業、前田耕治教授ならびに分子化学系の先生方には大変ご協力頂きました。この場をかりて深く感謝いたします。また、受け入れ教員であるGeorge Whitesides 教授およびWhitesides 研の皆様、学部教育の調査についてご協力いただいた学部ディレクターTucci Gregory講師に心よりお礼申し上げます。