本日、京都工芸繊維大学工芸科学部を卒業され、工学士あるいは農学士の学位を取得された皆さん、そして大学院工芸科学研究科を修了され工学修士、農学修士、学術博士、工学博士を取得された皆さん、誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。
本来なら、学位記授与式を挙行し、これまで支えてこられたご家族の方々、関係者の方々にもご出席いただき、ともに喜び、祝いたいところでしたが、新型コロナウィルス感染症に対する皆さんの安全確保と感染拡大防止のため、止むを得ず本年は式を中止せざるを得なくなりました。誠に残念ではありますが、ご理解ください。
さて、昨年の5月1日に元号が「平成」から「令和」に変わりました。したがって皆さんは令和になって初めての卒業生ということになります。また昨年は、1949年に2つの実業系専門学校の統合によって設置された大学としての70周年、そして前身校の一つである京都蚕業講習所の設置からは120周年という年であり、さらに2004年の国立大学法人化から15周年という記念すべき年でした。本学は、日本の近代化の中で、時代に応じて変化する産業を支える技術者人材を輩出してきました。そのことは現在も変わりません。
しかし、現在は、大学設置期からの復興、高度経済成長、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代とは、明らかに異なる時代になっています。21世紀に入る直前、平成の時代に入ってから、わが国は世界に先駆けて少子高齢化が顕著となり、東京一極集中・地方衰退によって国全体のバランスが崩れ、さらに科学技術における世界潮流に十分対応できず、その結果として産業イノベーションの変革に乗り遅れ、低経済成長という課題に直面しています。将来に向けて希望を持ちにくく、漠然とした不安感が蔓延するような状況になってしまっています。このような状況の打開に向けて本学も含めた日本の国立大学は、様々な改革に取り組んで来ています。
皆さんは、本学が「TECH LEADER」と呼ぶ次世代を担う高度専門技術者の養成を目指す教育プログラムを試行し、改善し続けていることをご存じでしょう。今日現在、皆さんは「TECH LEADER」の4つのコンピテンシー(職業能力及び行動特性)である「専門性」、「リーダーシップ」、「外国語運用能力」、そして「文化的アイデンティティ」について、どの程度のレベルまで達しているでしょうか。これらのコンピテンシーは、今、日本や世界が直面している課題、そしてこれから顕在化してくる課題に挑戦し、解決するための素養となるものです。この卒業、修了という機会に改めて自分の中の4つの要素のレベルを確かめ、今後も向上させてください。
最後に、最近私が読んだ本の中で出会った言葉を紹介します。その言葉は、各務太郎さんが書かれた『DESIGN THE FUTURE デザイン思考の先を行くもの』という本に出てくる言葉で、
“The best way to predict the future is to design it.”
未来を予測するベストな方法は、それをデザインすることだ。
です。著者も記していますが、この言葉は、1963年にバックミンスター・フラーという建築家・思想家が出版した「宇宙船地球号操縦マニュアル」という本に書かれています。フラーの本を、私は本学工芸学部建築工芸学科の学生だった頃に読み、未来を見据えて地球環境に配慮しなければならないことの示唆を受けました。それから半世紀近くを経て、再び読んでみると、バックキャスト型の取組の必要性が強く意識されており、例えばそれは、国際連合が持続可能な目標として挙げたSDGsや日本政府が掲げたSociety5.0において示されている、希望する未来社会のあり方としてのデザインとなっていることに気づかされます。今回の新型コロナウィルス感染症は、まさに個々の国や地域レベルではなく、宇宙船地球号として地球全体で取り組まなければならない課題であり、SDGsの目標の中にも関連する項目が見られます。
デザインという言葉は、美しいとか格好いいとかという意匠のことだけを意味するのではありません。デザインとは、課題解決のために目的をもって具体的に立案・設計することです。欧米では、デザインとは主にこちらを指し、前者はスタイリングとして区別されています。したがって、デザインは、本学の全ての専門分野に関係します。
これからの地球において、望まれる未来社会を物理的に実現し得るシステムやものを提供できるのが、「TECH LEADER」なのです。本学で培った「TECH LEADER」の素養を十二分に発揮して、それぞれの立場でデザインに挑み、社会に貢献するとともに、自らの未来もデザインしつつ活躍されることを祈念して、お祝いの言葉といたします。
令和2年3月25日
京都工芸繊維大学
学長 森迫 清貴