令和2年度 入学宣誓式 祝辞

 京都工芸繊維大学工芸科学部及び大学院工芸科学研究科の新入生諸君、入学おめでとうございます。
 本来なら、入学宣誓式を挙行し、皆さんとともに、これまで支えてこられたご家族の方々、関係者の方々にもご出席いただき、ともに喜び、祝いたいところでしたが、新型コロナウィルス感染症に対する皆さんの安全確保と感染拡大防止のため、止むを得ず本年は式を中止せざるを得なくなりました。誠に残念ではありますが、ご理解いただければ幸いです。

morisakogakutyou-Dlab

 本年4月に入学されたのは、編入生50名を含む学部生645名、大学院博士前期課程500名、博士後期課程33名です。学ぶ専門は異なるかもしれませんが、2020年度、令和2年度のそれぞれの学年の京都工芸繊維大学の同級生です。本学は専門分野横断型の研究開発を推進していますので、縁あって同級生となったことは将来意味を持つことがあるかもしれません。

 さて21世紀に入って20年を経た現在、日本、そして世界は人の暮らしに関係する様々な不安要素に直面しています。昨年末からの新型コロナウイルスによる感染症のグローバルな拡がりもその一つですが、貿易摩擦や格差問題、BREXITなど、直接の当事者でなくても不安定な状況を生み出す要因が世界に溢れています。また、日本では少子高齢化や経済低成長、東京一局集中、地方衰退など、短期的・本質的にはなかなか解決し得ない深刻な問題があり、皆さんの中にも将来に対し漠然とした不安を抱えておられる方がおられるかもしれません。我々は、早急にそれらの課題解決に着手しなければならない状況にあります。

 2015年9月25日、第70回国際連合総会「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中でSDGs:Sustainable Development Goals 「持続可能な開発目標」が採択されました。SDGsについては皆さんも聞かれたことがあるでしょう。このアジェンダは、人間、地球、そしてprosperity(繁栄)のための取り組むべき検討課題とその行動計画を示すものであり、より大きな自由のもとで普遍的な平和を追求しようとするものです。そこでは17の目標すなわちSDGsと、具体的な169のターゲットが掲げられています。最初に掲げられた目標は、「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」というものです。人類にとって、飢餓、欠乏、貧困の恐怖は安全、平和への最大の障壁であり、未だに地球上において、すべては解決されていません。その解決に向けて2番目以降の目標があるようです。3番目の目標は、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」というものであり、そのターゲットとして3.3に「2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する」ことが挙げられています。まさに今回の新型コロナウィルス感染症では、この課題が突きつけられ、地球全体、人類全体での取組が求められています。
 また、7番目の目標は「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する」、9番目は「強靭なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る」、11番目は「包摂的で安全かつ強靭で持続可能な都市及び人間居住を実現する」です。これらは工科系大学である本学に特に関係するものですが、17の目標はそれぞれ独立しているのではなく、相互に絡み合っています。一つの専門分野だけで到底解決できるものではありません。
 SDGsがゴールとした2030年はもう目の前です。

 皆さんは、Society5.0という言葉を耳にされたことがあるでしょうか。SDGsとは少し趣を異にしますが、日本の科学技術イノベーションが国内外の持続的かつ包摂的な発展に貢献できるのか、という課題に対し、日本政府が、2016年1月22日に閣議決定したものです。
 Society5.0とは、ICT(情報通信技術)を最大限に活用し、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)とを融合させた取組により、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」を未来社会の姿として、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会のことです。

 ICTということで、AI技術やビッグデータなどを思い浮かべる方もおられるでしょうが、Society5.0では、ものづくりや福祉・作業支援、コミュニケーション等の分野での「ロボット技術」、人やあらゆるものから情報を収集する「センサ技術」、現実世界に作用させるための機構・駆動・制御に関する「アクチュエータ技術」、「センサ技術」や「アクチュエータ技術」に変革をもたらす「バイオテクノロジー」、拡張現実や感性工学、脳科学等を活用した「ヒューマンインタフェース技術」、革新的な構造材料や新機能材料など、様々なコンポーネントの高度化によりシステムの飛躍的な発展に繋がる「新素材・ナノテクロジー」、また革新的な計測技術、情報・エネルギー伝達技術、加工技術などの飛躍的な発展に繋がる「光・量子技術」なども関連しています。これらの複数の技術が有機的に結びつくこと、つまり、専門を水平的に横断する協働によってそれぞれの技術が発展し、はじめてより豊かな未来社会が実現できるのです。

 京都工芸繊維大学は、Society5.0に向けて重要な技術に関する様々な研究、教育を行っており、同時に分野横断活動を促進するために、KYOTO Design Lab、グリーンイノベーションラボ、新素材イノベーションラボなどの「ラボ」と呼ばれる活動拠点システムをつくり、現代社会の課題解決、産業イノベーションへの貢献に挑戦しています。
 また、大学院では昨年度からDesign-centric Engineering Program、dCEPという社会課題の実践的解決を目指す授業科目を実施しています。そのプログラムでは、デザイン思考を活用し、産学公連携、国際連携を積極的に行い、本学の専門力を分野横断で活かし、革新的な要素技術やプロダクトの研究開発によって桁違いのイノベーションを誘引しようとしています。デザインという言葉は、美しいとか格好いいとかという意匠のことだけを意味するのではありません。デザインとは、課題解決のために目的をもって具体的に立案・設計することです。欧米では、デザインとは主にこちらを指し、前者はスタイリングとして区別されています。したがって、デザインは、本学の全ての専門分野に関係します。

 本学は、皆さんに専門知識を単に詰め込む機関ではなく、確固たる専門知に基づく創造力、クリエーションできる力を育む場所です。自らの専門性を他者から信頼されるレベルにまでしっかり高め、デザイン思考を活用し、プロジェクトに協働して取り組むことで、イノベーションを牽引できる人材になっていただきたいと思っています。
 本学が育成しようとしているその人材像、すなわち皆さんに目指して欲しい人材像を我々は「TECH LEADER」と呼んでいます。この「TECH LEADER」は本学の造語で、文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業に参画するにあたり定めたものです。もともと本学は前身校の設置以来、実学を支える高度専門技術者の養成を謳ってきていますが、「OPEN-TECH INNOVATION」を牽引する国際工科系大学における人材育成目標として、「TECH LEADER」という語を当てることにしたのです。このスーパーグローバル大学創成支援事業には、全国750余りの大学のうち37の大学が採択されています。

 「TECH LEADER」の「TECH」は、もちろんtechnologyであり、本学は「技術者の教育」を行う高等教育機関です。本学の名前には「工芸」と「繊維」という言葉がありますが、これらは2つの前身校に由来しています。「繊維」は、1899年(明治32年)に農商務省が東京に続き、西日本の生糸の安定生産を目的として指導者を養成するために設置した京都蚕業講習所であり、「工芸」は、1902年(明治35年)に東京・大阪に続き第三高等工業学校として文部省が設置した京都高等工芸学校に由来しています。京都であるがゆえに、「工業」ではなく「工芸」と名付けられました。いずれも産業を支える技術者教育を行う実学の学校です。それらが1949年に統合して国立の京都工芸繊維大学となりました。1899年からは120年、1949年からは70年という歴史を刻んでいます。

 「TECH LEADER」とは、「専門分野の知識・技能を基盤として、グローバルな現場でリーダーシップを発揮してプロジェクトを成功に導くことのできる人材」のことです。職業能力及び行動特性のことをコンピテンシーといいますが、本学では「TECH LEADER」としてのそれを「工繊コンピテンシー」と呼び、「専門性」、「リーダーシップ」、「外国語運用能力」、そして「文化的アイデンティティ」の4つを基本的要素として培うことを求めています。学部入学生の皆さんにお配りしている「履修要項」の「学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)」に記載されています。大学院履修要項にも記載があります。とても大切なことですので必ず読んで、心に留めておいてください。

 我々は、皆さんの新しい力に期待するとともに、皆さん自身が新たな気持ちで勉学、研究に取り組まれるであろうことを、大いに望んでいます。
 しかしながら、新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、例年のアカデミックカレンダーの変更が余儀なくされ、皆さんの勉学意欲に水を差すことになっているかもしれません。ここは落ち着いてじっくり構え、京都工芸繊維大学学生としての自覚を持って考え、行動し、この時期を必ずや有意義なものとしてください。
 教職員一同、また在学生とともに、新しい時代を切り拓き、人類、世界にとって持続可能な社会を実現するために一緒に頑張っていきましょう。
 本日は、誠におめでとうございます。

令和2年4月6日
京都工芸繊維大学
学長  森迫 清貴