カイコの病原ウイルスを使ってヒトの病気を治す

 カイコなどの昆虫に感染するウイルスは、昆虫の体内で非常に頑丈な多角体と呼ばれる大きさ数ミクロンのタンパク質微結晶を作り、ウイルスはその中で何年間もの間、自らを保護することができます。そして、この多角体が付着した葉を昆虫が食べると、多角体は昆虫の消化管の中で溶けだし、その中のウイルスが放出され昆虫体内で増殖し、最終的には再び多角体を作って自らを保護するというサイクルを繰り返します。本学森教授らの研究チームは、このウイルスを保護する多角体を使うことで熱・乾燥・紫外線などに弱いタンパク質を保護することができるのではないかと考え、多角体にウイルスではなく必要なタンパク質だけを入れる方法を開発しました。これによって、タンパク質を保護すると同時に、タンパク質をデリバリーし、さらにその場で長期間働かせることができるようになりました。

 さらに、この技術(PODS: Polyhedra Delivery System)をイギリスのケンブリッジにある企業(Cell Guidance Systems社)に導出し、Cell Guidance Systems社はこのほど、ヒトの細胞を増やすことや様々な細胞へと分化させることができる増殖因子と呼ばれるタンパク質が入った20数種類の多角体を製造し、販売を開始しました。
http://www.cellgs.com/items/pods-growth-factors.html

 ところで、軟骨や骨の再生の場合、それらを増やすための特殊なタンパク質を長期間(少なくとも1ヶ月以上)患部で働かせることが必要ですが、これまでにそういったことのできる方法がありませんでした。しかし、多角体を使うことで軟骨や骨を長期間に渡って作らせることができることから、これらの多角体を使って、ケンブリッジ大学との間で軟骨の減少に伴う骨関節炎の治療、骨再生に関する共同研究を行っており、特に、骨の再生に関してはまもなく治験に向けた取り組みを開始する予定です。
http://www.cellgs.com/podsandtrade-therapeutics.htm

 また、多角体を使うことで、世界で初めて神経細胞を一列に並べることが可能となったことで、イタリアのジェノバ大学との間でこの多角体を使ったパーキンソン病の治療に関する共同研究を行っています。
http://www.cellgs.com/podsandtrade-technology.htm

 さらに、多角体がタンパク質を保護するという特徴を生かして、冷蔵・冷凍設備(コールドチェーン)が整備されていない途上国においても利用可能なワクチン開発に関する共同研究をケンブリッジ大学などと開始しました。特にエボラウイルス、ジカウイルス、デングウイルス、ラッサウイルス、ノロウイルスのワクチン開発を進めており、まもなくイギリスにおいて動物を使ってその免疫効果を調べる予定です。
http://www.cellgs.com/podsandtrade-vaccines.htm

 なお、この海外との共同研究につきましては、独立行政法人日本学術振興会の「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」(整理番号:S2802,補助事業名「日英共同「PODS国際研究ネットワーク」による病理・生理・細胞生物学の新たな展開」)の支援を受けています。

Cell Guidance Systems社ホームページ http://www.cellgs.com/
プロモーションビデオ https://www.youtube.com/watch?v=dp9tA_6mWFA

  • PODSのイメージ(青い球が多角体に入れたタンパク質)PODSのイメージ(青い球が多角体に入れたタンパク質)