【特別対談】株式会社大安 大角安史 代表取締役社長 × 古山正雄 学長
「伝統の食文化を後世へ“つなぐ”ために ~京漬物のいま・これから~」

京都工芸繊維大学が位置する松ヶ崎地域にはかつて「松ヶ崎浮菜かぶ」という地域固有の京野菜が栽培されていました。地域の協力を得て、栽培時期や手法を検討し、商品化への道をさぐってきました。そして、京つけものの株式会社大安のご協力により、2017年度、醤油味の佃煮が完成しました。

今回、株式会社大安の大角安史 代表取締役社長と古山正雄 学長(当時)の対談を行いました。

  • 株式会社大安 大角安史 代表取締役社長株式会社大安 大角安史 代表取締役社長
  • 古山正雄 学長古山正雄 学長(当時)

キーワードは食育。出張授業や学生とのコラボレーションも

古山 この度は松ヶ崎浮菜かぶの商品化に多大なるご協力をいただきましてありがとうございました。一同大変喜んでおります。
大角 こちらこそ貴重な機会をいただきました。幻ともいわれる京野菜を工繊大さんで栽培されて、これを何とか形にしたいというご相談を受け、当社の品質管理部門や職人らと試作を重ねました。かぶららしい味がしっかりと感じられるおいしい佃煮ができたと思います。
古山 本学に農学部はありませんが、松ヶ崎浮菜かぶを栽培した実習実験用の圃場があります。しかしながら本学の場合は京都にある国立大学の使命として、蚕を生産し絹織物に展開するという実験・研究が中心で、食のほうまで広げることはなかなかできなかったのですけど、平成17年に、お父様ですね、現会長の正幸氏が本学に入学されて、食にも注力するいいきっかけを作ってくださいました。
大角 応用生物学を学ばせていただきましたね。父が申しておりましたのは、漬物を扱っている以上野菜の生体を知らないといけない、ということでした。
古山 当時は社長業をされながら本学に通われる珍しいパターンでした。しかも文系から理系へということで。
大角 もともと工学は好きだったようです。実は父の父、私からいえば祖父が戦争で若くして亡くなっておりましたので、父は同志社大学で経営や経済を学び、大学卒業後すぐに会社へ入って、26歳で社長に就任しました。しかし生来、学者肌なもので、人生何かやり残したような気持ちになっていたのでしょう。会社も軌道にのっておりましたし、従業員に頭を下げて「大学へ通わせてほしい」と言いました。
古山 後を継ぐこと、老舗を守ること、そして自分のやりたい事柄を実践していくのはとても難しいことですけれども、それを見事になされたということで、学生諸君にとってはキャリアパスのとてもよいお手本であると思います。
大角 そう言っていただくとありがたいです。分野は違いますが、平昌オリンピックではスノーボードとアルペンの両方で金メダルを取った海外の女性選手がいましたし、野球の大谷選手は二刀流で大リーグもそれを認めています。時代は大きく変わっているなかで、今までの考え方ややってきたことだけに固執していては必ず立ち行かなくなると思っております。その意味で、会長が経営という世界にいながら理系のことを学び、視野を広げていったのは、あってもいい話なのかなと思っています。
古山 いや、素晴らしいですよ。確かに会長が本学へ来られたあの時期は、お漬物の科学的分析、あるいは科学的アプローチなど、お漬物のイノベーションが佳境を迎えていた頃かなと思いますね。
大角 おっしゃる通りです。実は2001年をピークに全国的に漬物の生産量は落ちているんですね。主食である米離れもどんどん進んで、2011年、お米の消費量をパンの消費量が抜いたというショッキングな統計も出ました。お漬物はやはりご飯のお供ですから、これはおおいに逆風です。そういう状況の中で、他社さんでは乳酸菌を使ったお漬物などを販売され話題になりました。当社はおいしくて安心して召し上がっていただける漬物を追求し、父は全商品の化学調味料無添加・天然調味料化、原材料の完全国内産化を推進いたしました。漬物業界ではさまざまな取り組みが現在まで続いております。
古山 なるほど。しかし日本人がお米を嫌いになったわけではないでしょう。たとえばコンビニのおにぎりなんかは消費量が年々上がっていると聞きます。
大角 当社の統計では圧倒的にお米が好きという方が多いんです。ではなぜ米離れかといえば、手間がかかると。パンならすぐ食卓へ出せますから。女性の社会進出が進んでライフスタイルが大きく変化したことが要因かと思います。昔のように毎日、食卓に漬物が上がることがなくなり、家で漬物を漬けたことのない人が多くなって、今後ますます漬物離れが進んでいくのではないかと懸念しています。伝統や文化は“つなぐ”人間がいないと失われていくものなのだなとつくづく思います。松ヶ崎浮菜かぶもまさしく失われ兼ねないものだったわけですが。
古山 つなぐ、という話でいえば、食育もキーワードになりそうですね。本学でも地域貢献として今、食育を念頭に置いています。その中で伝統的な食文化への関心を高めることは非常に有意義だと思います。
大角 当社も組合の事業ですが、年間3ヵ所から4ヵ所、市内の小学校で出張授業をしています。45分の授業を2コマいただきまして子ども達においしいお漬物を食べてもらうことと、糠床を作ってもらおうという授業です。
古山 それは楽しくていいですね。
大角 そうなんです。面白いのは、最初、お漬物が好きかどうか聞くといろいろな感想を言うんですけど、授業が終わる頃にはみんな好きになっているんです。お漬物に親しんでもらって、何よりも本来のおいしいお漬物を食べてもらうこととで抵抗感をなくしていけたら、と思っています。
古山 消費者もちゃんとおいしいものや本物を食べる、子どもに教えるという意識は大事ですね。本学で発酵系の研究をされている先生方は、市民を招いて、たとえばお酒、酢、醤油、味噌など順番に講義をし、実際に食べてもらうということをしておられました。漬物はその典型ですし、本学の食堂を使って、大人の食育というようなこともできそうですね。
大角 ぜひやらせていただきたいです!実は最近、松ヶ崎小学校でも出張授業をやったんですけど、ほぼ100%、「すぐきがおいしい」と言いました。ほかの小学校ではすぐきは賛否が分かれるんですけど。松ヶ崎小学校は上賀茂に近いので、すぐきの味に親しみがあるのかもしれません。
古山 そうですか、味に親しんでいるというのは実に重要ですね。小さい頃に食べていたものは味覚のベースになり、その後もずっと食べ続けます。それがつながっているということですね。ところで、お父様が在学中に、市民の方からお漬物の食べ方を提案してもらったことがあるんです。そのときパンとの組み合わせを提案される方も多かったですね。そういうことをやってみるのもお漬物に親しんでもらい、またお漬物の可能性を広げることになるのではないでしょうか。
大角 当社も昨年、京都学生祭典とのコラボレーションで、食の企画ブースを設けることとなり、学生さんにお漬け物を使った料理のレシピを考えてもらいました。まず、企画の段階で、30人くらいの学生さんを招いてお漬物の試食会を開いたところ、「おいしい、おいしい」と。喜んでいっぱい食べてくれました。それで、それぞれイメージする料理に合う漬物は持って帰っていただいて、レシピを考えてきていただきました。
古山 どんなレシピが出ましたか?
大角 4つのレシピが出ました。その中で一番人気は“しば漬とごぼうのたまり醤油漬のチヂミ”。ごぼうを輪切りにしているのには驚きましたけど、モチモチッとした生地のどこを切って食べてもコロコロっとごぼうが出てきて、その食感がかえってよかったですね。噛むとごぼうのたまり醤油の風味が広がって。しば漬けの部分は、赤紫蘇の風味がふわっと。
古山 それはおいしそうですね。社長もお漬物をアレンジされたりするのですか?
大角 すぐきチャーハンは好きです(笑)。根っこを1㎝角くらいに切って葉をおそろしく細かく刻んでご飯に混ぜ合わせると、格別の風味です。
古山 なかなか高価なチャーハンですね(笑)。
大角 はい。もちろんお漬物そのままを味わっていただきたいのですが、もしも食べ飽きたりしたときには、お漬物から離れるのではなくて、いろいろなアレンジも楽しんでいただきたいと思います。

  • 「松ヶ崎浮菜かぶ」の佃煮「松ヶ崎浮菜かぶ」の佃煮

大安の取り組みを発信するため売り方のイノベーションにも着手

古山 漬物文化を未来につなぐためには、本来の漬物の味を大人にもちゃんと知ってもらい、おいしい漬物を子どもと一緒に食べてもらうということですね。
大角 その通りだと思います。味でいいますと、漬物の組合に入っておられる業者さんはみなさんそうですが、重石をきかせた手作りの漬物を守っています。機械化して流れ作業になりますと、もちろんそれを全否定するわけではありませんが、この重石をきかせない行程のものも出て参りました。重石のかけ具合、塩加減が漬物の肝なのですけど。
古山 いわゆる塩梅ですね。
大角 そうです。今は職人さんといえどもサラリーマンですので、きちんとクリアな体制で働いていただいていますが、本当の、伝統のお漬物を守り伝えることを一生懸命にやってくれています。昔は、千枚漬を漬ける時節には休みなんかなかったと聞きますけど、今そんなことをしたらブラック企業と言われます(笑)
古山 お漬物の業界も社会と密接に関係するんですね。食べ方もそうですが、商品の売り方、見せ方というのも変わりましたでしょう?昔ですと商店街で量り売りというスタイルが一般的でしたが。
大角 そうですね。個人店さんでは量り売りをメインにしておられるところもありますけれども、当社のように駅や百貨店、土産物店でも商品を置かせていただいておりますと、目方売りは不衛生だとか、お客様からいろんな声も上がりますし。
古山 お客の立場からすると真空パックというのは、特にお土産という場合に持ち帰ることを考えるとメリットが大きいですね。新聞紙に包んでゴムで留めて、というのは今の時代は難しいですよね。
大角 店舗によってはお漬物をバラで山積みにしてお売りするという取り組みもしていまして、それはそれで喜んでいただいておりますので、そのへんのメリハリも大事かなと思います。
古山 流通という意味では、基幹店を中心に販売されるのか、もっと広い販路にのせられるのか、今後の御社の戦略としてはどのようにお考えですか?
大角 それについては、京都の漬物業界は大変革期ではないかと思っております。私が社長になりましてから、当社も大きく舵を切りました。今までの話をしますと、河原町や岡崎に路面店を開き、だんだんと漬物が京土産として需要されるようになって京都駅や清水寺参道などに展開しました。露出が増えると百貨店さんから声がかかるようになりました。次に、その百貨店の系列店に置いていただけるようになり全国へ、というパターンでした。ですが、百貨店さんで棚置きではなく店を構えてとなりますと、百貨店も今は無休で営業時間も長いですし、スタッフに1年に110日休んでもらおうとしたらこれはもう人手が多く必要になります。おまけに、京漬物のブームも今は落ち着いていて、社会の情勢からしても高級漬物は相当しんどい上に、ご存知のようにひとつの百貨店に漬物店が重複していますよね。
古山 確かに。独自色を打ち出すのも難しいといえそうですね。
大角 ええ。当社は野菜本来の味を大事にするために天然だしで味をつけていますが、そうしたこだわりがアピールし切れてないんです。ですので、本質をしっかりPRできる媒体へと舵を切り、当社の取り組みを正統に理解してくださるであろう方々に今まで以上に働きかけをしました。たとえば首都圏coopに物づくりの精神や食の安全へのこだわりについてお話したところ共感いただき、ハイグレードのカタログに掲載していただけることになったのですが、見開きページで、大安の歴史もきちんと書いてくださいました。これには大変反響があり、以降、年に2回見開きページで掲載頂き、毎月は2、3品を掲載していただいていますが、このときも当社のこだわりをしっかり書いていただくことを条件としています。
古山 首都圏ということもあるのでしょうが、高くてもおいしい、いいものを食べたいという欲求はやはり高いんですね。
大角 それを実感しています。今はオンラインショップもありますし、我々の思いをしっかりお伝えできる売り場にますます力を入れたいと思っています。
古山 外国にも配送は可能なのですか?
大角 可能です。ただ国によっては検疫で1週間ほど留め置かれることもありますので、千枚漬など浅漬は難しいですけど。真空殺菌した日持ちのするものでしたら大丈夫です。 

  • 対談の様子

遺産ではなく伝統であり続けたい。だからこそ常にチャレンジを!

古山 調理師学校の大和学園さんが大学を創るという話も聞いていますが、農業が大学の学部・学科として見直されていて、新設している大学もあります。これまでは生産農業というよりはバイオや科学のほうへ関心は向いていたのですが、生産のほうへ戻すという動きも出てきており、そういう背景から京都の伝統的な食べ物も見直され、また少し形を変えてイノベーションが起こるといった期待もあるのではないでしょうか。
大角 そうであってほしいです。というのも当社を支えてくださる生産現場は大変な状況です。後継者がいないんですね。かぶらは、京都、滋賀、富山、北海道で生産していただいています。聖護院かぶらの種を持って行って土壌改良し、こちらでやっていただいている農家さんに農業指導していただいて、5年くらいでようやく千枚漬に使えるものができる。そうして作っていただいている農家の方の平均年齢が、富山では75歳くらいです。
古山 そうすると80歳越えてもやっておられる方があるのですね。農家自体に後継者がおられないのでしょうか。
大角 それもありますが、若い方は機械で作れる米とか豆をやっておられます。かぶらは栽培が大変なのでやりにくいと。虫や病気に強い種を開発することや、種まき、収獲の機械化などイノベーションがないと、この先、かぶらなどの原料となる野菜の栽培は難しいのかなと思います。聖護院かぶらは、ほとんど京都の漬物屋しか使わない。あとは料理屋さんですが、料理屋さんは1日1個あればいいですよね。千枚漬では1樽100個くらい使い、1日20樽ほど漬け込みますから。
古山 かぶらの生産をつなぐ人がいないと、ひとつの食文化が消滅する恐れがあると。
大角 そうです。かぶらだけの問題ではなくて、作りやすい作物にばかり流れると野菜が単一になってくる恐れもあります。
古山 市場に並ぶのが同じような野菜になるわけですか……。問題は大きいですね。かぶらの生産はすべて契約農家さんなのですか?
大角 はい、契約分はよそに流さず当社にきちんと入れてもらっています。ただ昨年は台風が続いてスケジュールが狂い、確保が大変でした。たとえば大根や白菜は市場で買う手もありますが、聖護院かぶらはそうはいきませんから。
古山 いかにつないでいくか、火急の課題ですね。
大角 はい。私は産地に年2回ほど通って、契約農家さんとお酒を酌み交わすなど交流もしています。
古山 そうした交渉から始められて栽培からとなりますと、長期間ですね。漬物が私たちの食卓にのぼるまでに。
大角 かぶらなら、その年の収獲が終わったら間もなく来季の契約の交渉をして、9月に種を撒いてもらいますから、ほぼ1年がかりです。
古山 そのなかでも、先ほど言われた種や機械化などのイノベーションに関しては、大学の出番もありそうですね。
大角 変えていかなくては、と思いますし、そのためにはたくさんの方の知恵や技術もいただきたいと思っています。思うのですが、伝統産業というのはつながってきたから伝統であって、決して百年前、千年前と姿形を変えていませんよ、というものではないと。革新の連続だったのだろうと思います。核心はぶれることなく、変えていく勇気があるかどうか。なければ伝統ではなく遺産となってしまいます。特に表現方法を変えるというのは必要なんだろうなと思うんです。
古山 表現方法とは?
大角 お茶でしたら、昔は畳で正座するのが当たり前でしたが今は立礼席がありますし、裏千家さんでは座礼といってあぐらでお茶を点てる作法も開発されました。安らいでいただきたい、楽しんでいただきたいのに、姿形のイメージでそれを避けている人がいれば本末転倒ではないかということだろうと思うんです。砕けたスタイルであっても茶の心を忘れないということでしょうか。
古山 まさに社長のおっしゃることが体現されているわけですね。
大角 遺産になっては意味がなく、伝統として社会や時代と繋がり続けるものとして、漬物に向き合っていきたいと思っています。それが作り手だけの思いになればエゴであり芸術になってしまいますから、消費者にどんな提案ができるだろうと、常にいろいろ考えていなくてはならないと思います。
古山 そういえば食べ切りサイズのお漬物を出されていますね。
大角 「ちいさなだいやす」ですね(笑)。カップ入りなんです。いろいろな場面で少しずつ食べて楽しんでいただけるように。あまり漬物を食べない方にもハードルを下げてご提供したいと思いました。姿形はそれこそ漬物っぽくないのですけど。若い人にも手を伸ばしていただきやすいように。中身は伝統の漬物、でも表現方法が違うというひとつの実践版です。
古山 取り扱いやすさは非常に重要ですし、面白い試みですね。
大角 これを販売するにあたり、20代から50代の女性を対象に、大安と名乗らずモニタリングもしました。それで漬物が好きか嫌いかと聞くと概ね「好き」、と。最近食べましたか?と聞きましたら、ほとんどの方が「食べていない」。好きだけど食べていないって、なんで?このなんで?を聞き出したら、「量が多過ぎて」という意見が多くて。1世帯の家族数も減っていますしね。あと「切るのがじゃまくさい」と(笑)。そのなんで?を解消したら「ちいさなだいやす」になりました。漬物を継続して食べていただきたいのなら、現代のライフスタイルに合わせることも我々の責任だと思うんです。
古山 このシリーズはギフトとしてもいけそうですね。今回、松ヶ崎浮菜かぶでつながりを持たせていただきましたけれど、今後とも何かまたコラボレーションをさせていただければと思いますし、大安さんの発信のイノベーションにもますます期待しております。

  • 記念撮影

松ヶ崎浮菜かぶの復活に向けた取り組みについては、本学広報誌
KIT・NEWS Vol.47 巻頭特集(よみがえる幻の京野菜「松ヶ崎浮菜かぶ」! ~栽培から商品化までの取り組み~)(PDF) をご覧ください。