令和6年度 大学院工芸科学研究科 学位記授与式(秋季)
学長祝辞

 本日、修士あるいは博士の学位を取得されました皆さん、誠におめでとうございます。京都工芸繊維大学を代表し、心からお祝い申し上げます。そして皆さんをこれまで支えてこられたご家族の皆様、関係者の方々に対し、また、研究を指導された教員の方々に心からお祝いを申し上げるとともに、感謝の意を表します。

 今回の学位記授与者は修士が40名、博士が24名です。1988年の工芸科学研究科設置以来、本日分を含め13,071名の修士号と、1,364名の博士号を授与して参りました。皆さんは、工学修士、学術博士、工学博士になられました。

 修士号を受けられる皆さんは、専門知識の深化に加え、具体的な課題の解決にむけた修士論文の研究などに取り組まれました。企画や設計から評価までの一連のプロセスを実践し、研究開発を進める力を身につけられたことと思います。博士号を受けられる皆さんは、博士論文の作成を通じて、自ら課題を発見、解決して新たな価値の創造を実践されました。

 皆さんは、いよいよ実社会で新たな価値を創造する立場になります。社会人博士コースの方は、これまでとは一味違った価値創造を進めて行かれることと思います。また、博士後期課程に進学する方は、そこで価値創造を実践されます。

 日本では、超高齢化や人口減少が進行しています。世界に目を向けると、グローバル化の進展とともに、食糧、資源枯渇、環境などの問題が顕在化し、地球規模に広がっています。絶え間なく紛争も起こっています。さらにChatGPTなどの生成AIの登場で、AIやビッグデータ、インターネットなどからなるサイバー世界が大きな転換期を迎え、我々の生活も様変わりしようとしています。10年後、20年後に、世の中はどのように変化しているか根拠に基づいて考え抜き、どういう研究開発を進めるかを考える姿勢がますます重要になっています。

 あまりに課題が山積する現状に、将来を見据えることの困難さを感じます。未来社会を描くのは難しいことです。こんな時に、私は「ムーアの法則」のことを思い起こします。この法則は、未来社会を描くのに前向きなヒントを与えてくれます。

 ムーアの法則は、半導体回路の集積密度が1年半から2年で2倍になるという経験則です。2年で2倍という指数関数は、10年で32倍、2世代60年で10億倍です。最初の数人の発想が2世代60年で地球上の全人類に行き渡るような規模感といえます。直線的な発展とは全く違うパラダイムシフトを表す法則です。

 ムーアの法則は、1965年にインテルの共同創業者の一人であるゴードン・ムーアが米国の専門誌で発表したものです。微細加工の技術などいくつかの側面でこの法則はすでに飽和傾向にありますが、驚くべきことに一つの集積回路モジュールに搭載されている素子の数は、提唱から2世代60年を経て、まだこの法則に従っています。人工知能として威力を発揮する集積回路であるGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)もこの法則に従っています。数年前のGPUは、集積回路の発明以来、2世代を経て10億倍に増えた210億個あまりのトランジスタで構成されていました。人間の大脳皮質の神経細胞数は140億個とされていますから、1つのボードに搭載されたトランジスタ数がついに大脳の神経細胞数を超えたことになります。本当は、神経細胞数ではなくシナプスの数と対比すべきとはいえ、素子の数で言えば人間の大脳の規模に匹敵する巨大なシステムである集積回路を100万円で購入できる時代になりました。その後、さらに進展してChatGPTなどの生成AIとして急速に普及しているのはご存じのとおりです。

 このようにムーアの法則は、恐るべき未来予測です。しかし、提唱された時は、そんなに大それた未来予測ではありませんでした。原典にあたると、1962年から1965年までの4年間の4点のデータを外挿したものでした。しかも、1975年までの10年間はこのトレンドが続くと思うが、その先は不確かであると述べたうえでこの法則を提唱しています。60年前に今日の生成AIにつながる未来を予測したこの大法則は、極めて単純で謙虚なものだったのです。もっと気軽に未来を予測しようといっているようです。

 また、ほぼ50年前の1975年に不確実な領域に入ったこの未来予測が、今なお有効なのは、一旦、潮流となった未来予測のもつ牽引力の凄まじさを物語っています。ムーアの法則という旗印のもとに人々が集い、連携し、人々の英知と努力と工夫を結集したことにより大きな成果を生み出し、さらに経済的な牽引力を伴いながら大きく発展したのです。

 実社会で新たな価値創造を進める皆さんにお伝えしたいメッセージは、気軽に未来を予測しよう、そして、未来の実現に不可欠な人と人との連携の輪を広げようということです。課題山積で大変な状況ですが、本学大学院での実践の経験を踏まえて、10年後、20年後の未来を果敢に描いてください。その未来を実現するには、物事が複雑に絡み合った諸問題を解きほぐすことが不可欠です。人と集い話し、連携し、人々の英知と努力と工夫を結集して、本学が理念で掲げる平和で豊かな社会システムの構築に貢献してください。

 本日は、誠におめでとうございます。みなさんの今後の一層のご活躍を祈って、お祝いの言葉といたします。

令和6年9月25日
京都工芸繊維大学長
吉本 昌広