令和元年度海外教育連携教員派遣報告
三宅 祐輔 助教
(トゥールーズ第3ポール・サバティエ大学)

所属 分子化学系
氏名 三宅 祐輔 助教
期間 令和元年9月23日-令和元年12月18日
滞在先 トゥールーズ第3ポール・サバティエ大学

私が令和元年9月より12月まで滞在しているポールサバティエ大学は, フランス人ノーベル化学賞学者の名を冠した32,000人の学生を有する広大なキャンパスの広がる理工系大学(写真1)で, 1229年に設立された歴史ある大学, 国立トゥールーズ大学の第3大学です.トゥールーズは, フランス南西部に位置する宇宙開発・航空機産業が盛んで現在も成長を続けるフランス第4の都市です.「バラ色の都市」と呼ばれる美しい赤レンガの街並みが広がる中心部は, 日本人は見かけませんが多民族・多宗教を感じさせる人々でにぎわっており, クリスマスに近い現在の週末はフランス南部の料理・食材・ワイン・アクセサリー等, 多様なマルシェが集まり楽しめます(写真2左).国鉄・トラム・バスの他, 市内は京都のように南北に広がる自動運転の地下鉄が数分おきに到着し移動に便利です.ヨーロッパでも屈指の強豪であるスタッド・トゥールーザンを有するためか, ラグビーが大変人気であり, ワールドカップ開催の際は日本に負けず連日大盛り上がりでした.家族で滞在しているのですが, 乳児連れの私達に街中ですれ違う人々は気さくに笑顔で声をかけてくれ, 電車では老若男女を問わず席を譲ってくれます.あたたかみとのんびりとした雰囲気を感じつつ周りの優しさに助けられて, 英語・ほんの少しのフランス語・身振り手振りと表情を通してコミュニケーションをとり生活することが出来ています.学園都市でもあるトゥールーズの様々な大学の学生が生活する滞在先のアパートからポールサバティエ大学までは, 林に囲まれるミディ運河沿いの道の景色(写真2右)を楽しみながら, 片道25分程かけて歩いて通っています.


写真1. ポールサバティエ大学 滞在先研究室の建物

写真1. ポールサバティエ大学 滞在先研究室の建物


写真2. トゥールーズの景色.(左)街の中心部 キャピトル広場のクリスマスマルシェ, (右) 大学へ通じるミディ運河沿いの林道

写真2. トゥールーズの景色.
(左)街の中心部 キャピトル広場のクリスマスマルシェ, (右) 大学へ通じるミディ運河沿いの林道

学部3年間で180単位, 修士課程2年間で120単位を必要とする学生は日々勉強に勤しんでいます.大学院の講義, 質疑応答は全て英語で行われており常勤教職員, 大学院生は皆英語に堪能です.どの講義も15 ~ 30名程度の比較的少人数で行われており, 実験以外に専門内容に関する参加型の講義が興味深く,ケーススタディ, ディベートを1日8時間3日間連続で行うものもあります.大学院の分析化学コースでは, 「実験プロジェクト」という講義があり, 少人数の学生チームが, 企業・公的機関からの協力のもと, 食品・化粧品・医薬品などの分析を行い, プレゼンテーションで報告・ディスカッションを行うという, 研究生活が社会につながる体験が出来る非常に刺激的でユニークなものもありました.修士課程では計8か月のインターンシップが必須なのですが, 専攻の研究室配属もその選択肢の1つです.研究室以外の場合, 大学のサポートの下, 企業・他大学・研究所と自分で交渉し専攻内容に合うか審査を受けた上で取り組む形になります.研究グループに加わった当初, 皆が研究内容やグループの安全管理等に詳しく誰がスタッフかわからなかったのですが, 学生も研修先に来たスタッフとして取り組んでいるのでそう感じたのだと納得がいきました.
 研究室も知っているものとは違っていました.課程に位置付けられる組織を, 大きな目標を掲げた1つの「研究室」とみなしており, 目標に沿ったプロジェクトを進める各グループ間の交流・研究協力が非常に密です.使用装置の多くが共有であり, 各測定・分析・合成用装置・安全教育等に配置された専属スタッフもしくは担当教員が1人1つずつ管理・メンテナンスを行っています.各装置はそれぞれ担当の人に相談しよう, という体制は, コミュニケーションのチャンスを大きく広げてくれます.「研究室」の定期的なミーティングにおけるスタッフ・学生も含めた新メンバーの自己紹介(私も行わせていただきました), 個人間で行われる各実験施設の使用に関する初期研修がコミュニケーションのきっかけを作っています.毎日のランチはグループにとらわれず「研究室」の色々な人と会話をしながら楽しめます.
 現在, 私はMathias Destarac教授の研究グループのテーマに参加し, 「研究室」メンバーによる合成・精密重合・各種測定等の指導法を学んでいます.博士課程1年目の学生による指導に接する機会も多いのですが, 既に習得しているノウハウは幅広く, 適切な指導を行っています .これは, 近年発表された論文が修士課程必修実験のテキストとして使用され, 充実した最先端の設備を広く用いる経験を既に積んでいるためであり, ここにも実践を重視した講義の直接的反映が感じられました.私からグループメンバーへは光化学反応やスペクトルの解釈, ラジカル反応機構に関する提案, 電子スピン共鳴分光法のレクチャー等を行っていますが, 盛んな議論・質疑応答・意見交換が展開されるグループ内の研究教育に携わる中で背景の異なる多くの人とのコミュニケーションの有意義さを日々実感しています.また, 普段本学で用いている設備が訪問先大学には無いことが渡航前は少し気がかりだったのですが, 実際に来てみて「思考実験」にじっくり取り組めており, むしろ無くて良かったのだと思える, 貴重な経験になっています.「もしあの実験手法を用いたら現在取り組んでいるテーマでは何が出来るのか」実感を持って考える時間を持つことも, 研究教育にとって重要なのではないかと今は思うようになりました.
 教育, 研究指導について新しい経験を日々重ねられていると感じるのですが, 私にとって特にインパクトが強いのは研究グループの運営体制です.ミーティングは月に1回行われ, ケーキとコーヒーをいただきながらリラックスした雰囲気で始まります(写真3).グループリーダーである教授が事前に計画を立ててメンバーに連絡し, 当日は進行を務め, 終了後は内容総括のメール報告まで行っています.内容は, 研究相談や論文紹介という学生側の発信だけではなく, 安全対策の進行・必要物品の購入に関する意見交換, そして, グループ全体の成果報告や意見をまとめた議事録をリーダーから発信するという, 教員・学生間の双方向のやり取りが盛んに行われています.また, 教授が「グループの代表として」活動状況を報告するという位置づけで大学運営側に向けたプレゼンテーションの発表練習を行い, 意見を交換し合っていました.教職員が金銭面等の運営体制を学生に報告し, 発表に対する意見を集め反映させる姿はこれまで見たことの無いものであり大変驚きました.これは, 学生も含めたスタッフが高いモチベーションを持って積極的に研究に取り組み, 盛んに意見を交換し合うこのグループの姿に直結する非常に重要なことではないかと感じています.滞在も残り2週間程となりましたが, 大学機関の教育, 研究指導に加えて, 研究グループ像の在り方について経験し考えることを最後まで続け, 本学復帰後の研究教育活動に反映させたいと強く思います.
 最後に, スーパーグローバル大学創成支援事業助成による海外研修という貴重な機会をいただけたこと, また, 本学国際課, 他関係事務の皆様, 電気電子工学系 高橋和生准教授, 分子化学系 田嶋邦彦教授, 金折賢二准教授および諸先生方, 奈良教育大学 梶原篤教授, ポールサバティエ大学 Mathias Destarac教授およびスタッフ・学生の皆様に心より感謝申し上げます.そして, 渡航準備から現地生活まで支えてくれる妻と息子に深く感謝します.


写真3. 研究グループミーティング.右から2人目がMathias Destarac教授

写真3. 研究グループミーティング.右から2人目がMathias Destarac教授