平成29年度海外教育連携教員派遣報告
池側 隆之 教授 (キングストン大学)

所属 デザイン・建築学系
氏名 池側 隆之 教授
期間 平成30年1月13日-平成30年3月21日
滞在先 キングストン大学(イギリス)
《キングストン大学について》

キングストン大学(Kingston University)は,ビジネス,マーケティング,社会学,地理学,工学,保健医療,そして音楽や芸術,デザインなどの多様な学部・コースを抱える総合大学です。キャンパスは,Penrhyn Road,Knights Park,Roehampton Vale,そしてKingston Hillの4つに分散しています。主たる学部とコース,そして本部機能があるPenrhyn Roadと,芸術・デザイン系が集約されたKnights Parkはキングストンの街中に位置しており,互いに歩いて行ける距離にあります。工学系のラボがあるRoehampton Valeと,音楽系のスタジオや教室などがあるKingston Hillへは街の中心からバスを利用すると15分程度で行くことができます。現在,Penrhyn RoadとKnights Parkでは,2019年度の完成を目指した大規模な改修工事が行われています。特にKnights Parkでは,教育活動の妨げにならないように,既存の建築物を活かした形で工事が進行しているため,デザインのグラフィック系,イラストレーションとアニメーション系は別途River Houseという建物も使って授業が行われています。River Houseという名の通り,その建物はテムズ川の横にあり,学生のスタジオからは良い風景が臨めます。Knights Parkでは,学生らのデザイン研究活動を支える種々の工房が充実しており,各工房には1,2名の専門のテクニシャンが常駐しています。所属コースに関わらずカメラや映像機材関係の貸出も行われており,またカラーネガ現像が無料できることも特徴の一つです。見学したロンドンの他の大学でもそうでしたが,工房は24時間運用が想定されているわけでは無く,工房のテクニシャンは午後5時か6時には帰りますし,学生のスタジオも午後10時頃には閉鎖されるので,教職員のワーク・ライフ・バランスの確保はもちろんですが,学生らも自主性と時間管理の両立を体得しているようです。


グラフィックデザインコースなどが入る建物

グラフィックデザインコースなどが入る建物

《カリキュラム》

大学のカリキュラムは,基本的には学部3年間,大学院1年間で行われ,日本に比べると学生の在学期間はたいへん短いものです。私はキングストン大学の芸術学部(Kingston School of Art,略称KSA)に所属しており,学部ではグラフィックデザインコース(Graphic Design BA),大学院ではサステナブルデザインコース(Sustainable Design MA)の教員・学生らと日々過ごしています。大学での1年は,秋,春,夏,の学期に分けられており,それぞれ,9月, 12月,1月, 3月,4月, 6月の期間となっています。私は丁度1月からスタートした春学期に合流しました。まず学部についてですが,イギリスでは1年程度のファウンデーション教育が充実しており,修学時に力が不足している場合は,本課への入学前にそれを履修することになります。デザイン・芸術系でも同様で,表現上のスキルはもちろんですが,ファウンデーション教育を通じて造形的な思考力の涵養もカバーしてきます。そこで資格ありと認められたら,晴れて本課への入学が許可されるわけです。入学後まず1年生の段階ではスキル教育が中心に行われます。2年次には個人またはグループで行うリサーチ重視のカリキュラムが組まれており,問題発見・解決の道筋を整える体力と知力を得る,といった印象です。最終年度の3年次はプロジェクトベースのカリキュラムが組まれており,就職活動に備えるべく,プロジェクトの成果をどんどんポートフォリオにまとめていく,という作業が続きます。学生らによると,同時に大小7-10のプロジェクトを並行でこなしているそうです。しかし学生らの表情を見る限り,疲弊しているといった印象は全くなく,時間調整を常に行いながらプロジェクトの成果を得るべく奔走しています。

《専門のプロジェクト》

学部と大学院とでは,学生のタイプが大きく異なります。学部はもちろん高校を卒業して入学した人が大多数なので,日本と本質的には変わりはありませんが,大学院では,留学生や社会人(社会人経験者を含む)が多く,知識や経験の深さは学部とはまるで違います。こちらの大学院(MA)は,授業のやり方そして学生の姿勢も,日本の博士前期課程と後期課程の丁度中間のような印象を受けました。グラフィックデザインコースでは,各学年80-90名の学生が在籍するのに対して,サステナブルデザインコースでは学生は8名程度です。教員数は,学部の場合は日本で言うところの常勤教員は各コース2,3名程度で,あとは週1回程度出勤する講師陣で運営されています。講師は非常勤という感じではなく,週1回程度のプロジェクトの運営から評価に至るまでかなりの権限を持っているようです。大学院はそれぞれのコースリーダーが1名ずつおり,学部と大学院を掛け持ちしている教員は少ないようです。学部3年生のプロジェクトは,朝10時頃から昼食を挟んで夕方16時頃まで行われます。私が参加している大学院のサステナブルデザインコースでは,毎週木曜日に授業があります。午前と午後に別れていて,午前は10時半から1時まで,午後は2時から4時半までです。授業(moduleと言います)は,コースリーダーの講義が軸となり進められますが,一方向的なものではなく,途中でかなりの議論を行います。教員側もそれを見越して講義の中身を準備している感じです。また時折,外部講師を招いて行われる講義やワークショップがあり,理論を体験を通して習得する工夫が設けられています。さらに月に1回程度は学外でのフィールドトリップもあり,デザイン会社の訪問や担当者とのディスカッションを通じて現場の今を感じとる機会もあります。このレポートを書いている現在(2018年3月4日),院生らは学期末のレポートとプロジェクトの成果発表を前に,個別面談(individual tutorial)を定期的に受けて,それらの精緻化に励んでいます。


3年生プロジェクションマッピング・プロジェクトの授業風景

3年生プロジェクションマッピング・プロジェクト
の授業風景

《近隣大学》

ロンドン周辺にはキングストン大学を含め,デザイン・芸術系の大学が数多く有り,今回の派遣に合わせて数校見学させていただきました。その代表として訪問したUAL(University of the Arts London)は,Chelsea College of Arts,Camberwell College of Arts,Central Saint Martins,London College of Fashion,London College of Communication,Wimbledon College of Artsという国立6カレッジから成る連合大学で有り,それぞれの分野特性を活かした運営が行われていました。いずれもロンドンの都心にある地の利を得て外部との連携に積極的であり,また社会人となった卒業生との関係が非常に密で,それがカリキュラムに活かされている印象を持ちました。この仕組みは大いに参考にすべきだと感じました。また歴史的な建築物をリノベーションした校舎は,まさに新旧の技術,アイデアの融合(例えば訪問したすべての大学には「活版印刷機」があり,それらが現役で活用されており,その手触り感あふれる表現とデジタル技術を融合させた成果物がたくさん見られました)を象徴するものであり,多様なニーズに対応する各工房を運営する多くのテクニシャン達なしにこの成果は生まれないことを痛感しました。

《社会情勢と学生の意識》

授業に参加し,私からの視点で学生プロジェクトにコメントをしたり,また私自身の公開レクチャーを行ったことで,同様の研究関心を持った学生と個別にディスカッションする機会が増えてきました。学生らの所属は,グラフィックやプロダクト等の旧来のデザイン領域に沿ったコース編成ですが,取り組んでいるプロジェクトは実に多様です。日本でもその傾向が増えつつありますが,社会問題にどうデザインを活用していくのか,に学生らの強い関心があるようです。特にいまイギリスの世論を二分するBrexit(イギリスのEU離脱)の問題やそれに関係する移民や難民,さらに格差社会が生む貧困の問題は,常に若い学生らの身近に存在しています。そんな問題に対して,「誰と誰の間を架橋する,どのようなコミュニケーションが成立し得るのか」といった問題意識を学生の多くは持っているので,微力ながら私の立場からも映像が貢献し得るデザインの可能性について彼ら/彼女らと日々意見交換を行っています。


筆者の公開レクチャーを案内するポスター

筆者の公開レクチャーを案内するポスター


プロジェクトの説明をする学部3年生

プロジェクトの説明をする学部3年生

《キングストンと周辺環境》

キングストンは,ロンドン中心部から電車で4,50分程度の距離にあります。その地名「Kingston」とは’the king’s manor or estate’(王の荘園,領地)を意味するそうで,838年の文献にはその記述があったそうです。以降,ロンドンの南西地域の商業の中心として発展し,中心部の道が入り組んだ都市構造は往時のそれを彷彿とさせます。こちらに来て知ったのですが,キングストンは写真家として著名なエドワード・マイブリッジ(1830-1904)の生誕の地なのです。マイブリッジは動物や人間の動きをコマ単位の写真で記録することに成功した人物で,その業績の多くがエジソンを刺激し,映画の原典となったキネトコープの誕生に繋がったと言われています。キングトン博物館やキングストン歴史センターのご協力を得て,マイブリッジのオリジナルスライドを近々見せて頂く予定です。映像を専門とする私にとってキングストンで研鑽を積むことはまさに理想的な環境と言えるでしょう! また,キングストンの北にキュー(Kew)という街があり,そこにはイギリス公文書館(The National Archives)があります。今回の派遣では,そこで開催される講演会にのみ参加しましたが,次にキングストン大学に来る機会があれば,イギリス政府のプロパガンダと映像を運用した政策に関する資料に当たってみたいと考えています。

《最後に》

今回のSGU派遣では,受入れに関してキングストン大学の芸術学部長のMr. Andrew Haslam氏,またサステナブルデザインのコースリーダーであるDr. Paul Micklethwaite氏のご支援を得ることができました。心より感謝いたします。また不在中,特にデザイン・建築学系の先生方にたいへんお世話になりました。2018年4月に控えたデザイン学専攻とデザイン経営工学専攻の統合を前に,様々な準備作業があるにも関わらず,この度の派遣を快く後押ししてくださったこと,この場をお借りして改めて感謝を申し上げます。ありがとうございました。京都に戻りましたら,この経験を活かして参りたいと考えてします。