注目研究の紹介 2020年5月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

【2020年5月】
 高速度3次元動画像計測ならびに超高速動画像記録技術 (電気電子工学系 粟辻安浩 教授)

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研究内容・成果の概要

 3次元画像技術であるホログラフィーを応用することで、毎秒100万コマの世界最高速級の3次元動画像計測技術や超高速動画像(世界最高速級カメラの100万倍の撮影速度)の記録技術を研究しています。

ホログラフィー

 ホログラフィーは、光の干渉と回折を利用して物体の全ての情報を記録・再生する技術です。図1にホログラフィーの代表的な記録・再生方法の概略を示します。図1(a)のように、レーザーから発した光を二分し、一方の光を広げて物体に照射すると回折光が生じます。この回折光は物体光と呼ばれます。他方の波は参照光と呼ばれ、物体光と重ね干渉させます。これらの2つの光が重なった空間に高解像感光材料を置き干渉縞画像を記録します。これを現像処理してできた物がホログラムと呼ばれます。このホログラムを図1(b)のように参照光と同じ光で照明すれば、物体と同じ方向に回折して進む光がホログラムから生じます。この光は再生光と呼ばれ、物体光と全く同じ光波であり、物体がそこに無くても元の位置に物体の完全な3次元像を再生できます。ホログラフィーは3次元像を記録できるという特徴を用いて、3次元ディスプレイや物体の3次元計測に応用されています。記録された像を再生する際には、レーザー光で露光された高解像感光材料を暗室に運び、薬剤や水などで湿式処理を行った後に乾燥させるなどの現像、定着処理が必要です。また、3次元計測に応用する場合は、現像、定着処理後のホログラムを記録時と全く同じ配置に戻す必要があります。このような一連の処理を要すために、高解像感光材料を記録に用いるホログラフィーでは、その場での計測や実時間計測が困難です。また、高精度位置合わせが必要であるという問題があります。これらの問題を解決できる技術としてディジタルホログラフィーが近年盛んに研究されています。

図1

図1.ホログラフィーの記録と再生の概略

ディジタルホログラフィー

 図2にディジタルホログラフィー[1]の概念図を示します。ディジタルホログラフィーはCCD (Charge-Coupled Device)やCMOS (Complementary Metal Oxide Semiconductor)などのイメージセンサーで撮影した干渉縞画像をディジタルホログラムとして計算機に取り込み、このディジタルホログラムから物体の複素振幅分布(振幅分布と位相分布)をコンピューター内で数値再生する技術です。物体の振幅分布は明るさを、位相分布は厚みや高さを表す物理量です。この技術では、物体の像を再生する際に、焦点を合わせる奥行き距離を数値として任意に指定でき、任意の奥行き位置での合焦画像が得られます。この特徴を用いて、物体の3次元像をコンピューター内で数値的に再生できます。さらに、通常のカメラでは記録できない透明物体をこの技術で記録すると、記録された物体光の位相分布が求まるので、人間の目では見られなかったり、通常のカメラでも撮影できない透明物体の可視化や厚み分布の画像計測もできます。ただし、現在最も高い解像力を持つイメージセンサーでも画素間隔は1μm程度です。この間隔は、高解像記録材料に記録できていた干渉縞の間隔に比べて1桁以上大きく、記録の際に物体の多くの情報が欠落してしまいます。その欠落を防ぐために、物体光と参照光をほぼ同じ方向からイメージセンサーに照射して干渉縞を記録する必要があります。しかしながらその結果、再生される像には、非回折光や共役像と呼ばれる不要な像が重畳し、再生された物体の像の正確さや精度が低下するという問題が生じます。そこで電気電子工学系の粟辻教授は、この問題を解決し、正確で高精度の物体の像を得られる並列位相シフトディジタルホログラフィーを発明しました。

図2

図2.ディジタルホログラフィー

並列位相シフトディジタルホログラフィー

 並列位相シフトディジタルホログラフィー[2]の概念を図3に示します。この技術の基本的な考え方は、位相が異なる複数の参照光を用いて記録する複数枚のホログラムを、空間分割多重化してシングルショットで記録することです。イメージセンサー面に対して平行な面内で周期的に変化した位相分布を持つ参照光を、イメージセンサーの画素ごとに生成します。このような参照光を用いてホログラムを記録し、このホログラムから物体の複素振幅分布を再生します。この処理により、不要な像が重畳しない正確で高精度な物体光の複素振幅分布が1枚のホログラムから得られます。シングルショットで物体の3次元像の記録ができるので、イメージセンサーのフレームレートと同じ速度で3次元像を記録できます。

図3

  
  図3.並列位相シフトトディジタルホログラフィーの
     基本的な考え方

並列位相シフトディジタルホログラフィーシステム

 並列位相シフトディジタルホログラフィーシステムは、動く物体の3次元動画像計測や透明物体の3次元可視化・計測ができる装置です。とくに、この装置において干渉縞の記録に高速度カメラを用いると高速に動く物体や透明物体にも適用できるようになります。図4に高速度並列位相シフトディジタルホログラフィーシステム[3]の概略図を示します。これまでに毎秒100万コマの世界最高速級の3次元計測を達成しています[4]。

図4

図4.高速度並列位相シフトディジタルホログラフィーシステムの概略図

高速度3次元動画像計測

 図4に示したシステムを用いて、高速度3次元動画像計測を行った例として透明気体流の密度を3次元動画像計測した結果を紹介します[5]。実験では、スプレーノズルからのガス噴流を記録対象としました。通常のカメラで撮影したそのスプレーノズルの写真を図5(a)に示します。ノズルから発せられる気体は無色透明であるため、人間の目のみならず、一般的なビデオカメラでも、その気体の流れを捉えることはできません。一方、図5(b)~(e)は、図4に示した記録光学系によって撮影したディジタルホログラムからの再生像です。各再生像の色は、図中左に示したカラーバーに対応しており、物体光の位相値を表しています。図5の再生像から記録対象とした気体の3次元密度分布が得られていると言えます。

図5

図5.透明ガス流の3次元屈折率分布計測結果

可搬型3次元動画像計測システム

 3次元動画像計測が必要とされる現場に並列位相シフトディジタルホログラフィーを実施する装置を容易に持ち込めるように、可搬型3次元動画像計測システムを構築しました[6]。このシステムの写真を図6に示します。写真右下に本システムの光学系(赤枠内)、その左に、システムの大きさ比較のためにA4紙を示しています。この光学系はA4紙の面積内に入る大きさに実装されています。A4紙の写真上部には筐体を示しています。この筐体を光学系に被せてシステムを動作させます。筐体の右には、本システムを運搬する際に収納する運搬用ケースを示しています。このケースの内寸は335m(W)×225mm(D)×260mm(H)であり、システム本体が丁度入る大きさです。

図6

   
   図6.開発した可搬型3次元動画像計測システム

高速度3次元動画像顕微鏡

 並列位相シフトディジタルホログラフィーを用いて、微小な領域で3次元的に繰り広げられる現象や生きた細胞の動態の3次元動画像観察や3次元動画像計測を目指して、並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡を構築しました[7]。

構築した顕微鏡の写真を図7に示します。一例としてミョウバンの飽和水溶液中で析出した微小なミョウバン結晶が容器の上方から下方に沈下する様子を、容器の下方から3次元動画像観察しました。毎秒60コマで記録したホログラム動画像から再生した振幅動画像から抽出した8コマの画像を図8(a)~(h)に示します。この図から、この結晶が溶液中を沈下する間で、常に合焦した明瞭な動画像が得られていることがわかります。この常時合焦動画から、沈下途中の微小ミョウバン結晶の3次元軌跡と回転ベクトルを求めた結果を図8(i)に示します。青円が微小結晶の3次元位置を、赤矢印が回転ベクトルの向きを表しています。比較のために、同じ様子を従来の一般的な顕微鏡である固定焦点で記録した場合について図8(A)~(H)に示します。図8(A)~(G)はぼけており結晶の様子が不明瞭で、図8(H)のみが合焦しています。このように従来法では、正確な3次元軌跡や回転の様子を計測することは困難です。
 これまでに並列ディジタルホログラフィック顕微鏡技術を用いて、水中を高速に動く生物に対して毎秒15万コマの3次元イメージングにも成功しています[8]。

図7

   
   図7.開発した3次元動画像顕微鏡システム

図8

図8.ミョウバン結晶が飽和溶液中を沈下する様子を常に合焦させて観察した結果(上段(a)~(h))
  (i)落下の3次元軌跡(青点)と回転ベクトル(赤矢印)
  比較結果:通常の顕微鏡による観察(下段(A)~(H))

超高速動画像記録 -光の伝播のスローモーション観察-

 光は空気中を3×108m/sの速さで真空中を伝播し、アインシュタインの相対性理論では世界で最も速く進むとされています。そのために光の伝播は直接見ることができないだけでなく、世界最速級の高速度カメラを用いても観察が極めて困難です。メタマテリアルやフォトニック結晶をはじめとする新たな光学材料やフォトニックデバイスの研究・開発では、光が空間を伝播する時間発展情報を数値計算によって解析する研究が精力的に行われていますが、光の伝播速度が超高速なので得られた数値結果を実験的に検証するのも困難です。光の伝播をスローモーションで観察できれば、これらの実験的評価が可能になるだけでなく、最先端科学の解明・理解に役立ちます。

 ホログラフィーの記録光源に10兆分の1やそれ以下の極短時間だけ光を発することができる超短光パルスレーザーを用いることで、光が伝播する様子を時間的にも空間的にも連続な動画として記録、観察できます。この技術はlight-in-flight ホログラフィーと呼ばれます。この技術を用いて粟辻教授らは、光が伝播する様子の3次元像のスローモーション観察に世界で初めて成功しました[9]。記録したホログラムから再生された3次元動画を、通常のビデオカメラで撮影した動画から抜き出した写真を図9に示します。超短パルスレーザーから発せられた光パルスが、凸レンズにより拡大され、「光」という遮蔽パターンを通過した後の伝播の様子です。約300μmの薄い光の壁が3次元空間中を伝播しています。世界最高速級の高速度カメラの約100万倍の撮影速度です。

図9

   図9.世界で初めて光が進む様子の3次元像
     のスローモーション観察した結果

偏光伝播のスローモーション観察

 これまでの光の伝播の動画像観察技術では、光の振幅(明るさを表す情報)しか観察できませんでした。粟辻教授らは、伝播する光のより詳細な情報として、明るさ情報のみならず光の振動方向の情報である偏光が伝播する様子をスローモーション観察できる技術を考案しました[10]。考案技術では、伝播する光を異なる方向に振動する複数の直線偏光に分解し、それぞれの直線偏光が伝播する様子の動画を同時に記録します。複屈折性を有する方解石中を伝播する偏光をスローモーション観察した結果を図10に示します。伝播する光を0°、45°、90°、135°の直線偏光に分解し各直線偏光が伝播する様子の動画を同時に記録しました。方解石に光を入射すると、偏光方向に応じて光の伝播方向が分かれます。0°、45°、90°の各直線偏光成分は2つの光パルスの伝播の様子が観察できています。一方、135°直線偏光成分は1つの光パルスの伝播のみが観察できています。

図10

図10.世界で初めて偏光が進む様子をスローモーション観察した結果
  (a) 0°、45°、90°、135°はそれぞれ光パルスに含まれる直線偏光の角度を表しています。
   各角度の直線偏光が伝播する様子のスローモーション動画
  (b) 方解石中で2つに分離する光パルス
  (c)方解石中の複屈折を表す模式図

紹介する研究内容の論文

[1] O. Matoba, X. Quan, P. Xia, Y. Awatsuji, and T. Nomura, Proceedings of the IEEE 105, 906 (2017).
https://ieeexplore.ieee.org/document/7862208
[2] Y. Awatsuji, M. Sasada, and T. Kubota, Applied Physics Letters 85, 1069 (2004).
https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.1777796
[3] T. Kakue, R. Yonesaka, T. Tahara, Y. Awatsuji, K. Nishio, S. Ura, T. Kubota, and O. Matoba, Optics Letters 36, 4131 (2011).
https://www.osapublishing.org/ol/abstract.cfm?uri=ol-36-21-4131
[4] P. Xia, Y. Awatsuji, K. Nishio, and O. Matoba, Electronics Letters 50, 1693 (2014).
https://digital-library.theiet.org/content/journals/10.1049/el.2014.3351
[5] T. Fukuda, Y. Wang, P. Xia, Y. Awatsuji, T. Kakue, K. Nishio, and O. Matoba, Optics Express 25, 18066 (2017).
https://www.osapublishing.org/oe/abstract.cfm?uri=oe-25-15-18066(オープンアクセス)
[6] M. Fujii, T. Tahara, P. Xia, T. Kakue, Y. Awatsuji, K. Nishio, S. Ura, T. Kubota, and O. Matoba, IEEE/OSA Journal of Display Technology 10, 132 (2014).
https://ieeexplore.ieee.org/document/6650023?arnumber=6650023
[7] T. Fukuda, M. Shinomura, P. Xia, Y. Awatsuji, K. Nishio, and O. Matoba, Optical Review 24, 206 (2017).
https://link.springer.com/article/10.1007/s10043-016-0279-6
[8] T. Tahara, R. Yonesaka, S. Yamamoto, T. Kakue, P. Xia, Y. Awatsuji, K. Nishio, S. Ura, T. Kubota, and O. Matoba, IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics 18, 1387 (2012).
https://ieeexplore.ieee.org/document/6094161
[9] T. Kubota, K, Komai, M. Yamagiwa, and Y. Awatsuji, Optics Express 15, 14348 (2007).
https://www.osapublishing.org/oe/abstract.cfm?uri=oe-15-22-14348(オープンアクセス)
[10] T. Inoue, A. Matsunaka, A. Funahashi, T. Okuda, K. Nishio, and Y. Awatsuji, Optics Letters 44, 2069 (2019).
https://www.osapublishing.org/ol/abstract.cfm?uri=ol-44-8-2069

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