注目研究の紹介 2021年2月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

 【2021年2月】
  汎用プラスチックの超極細繊維膜で圧力センシング(繊維学系 石井佑弥 助教)

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汎用プラスチックの超極細繊維膜で圧力センシング

 モノのインターネット(IoT)の発展に伴い、衣服や生体に装着するウエアラブルデバイスへの需要が高まるなか、軽量で機械的に柔軟、また通気性に優れる機能性繊維材料は、そのようなデバイスに高い親和性があり注目を集めています。またさまざまな機能のなかでも、圧電(注1)効果は生体の動作や心拍といった動きを捉える圧力センサーとして、また振動や音声を出力するアクチュエーターとしての利用が可能であり、その用途の多さから圧電性を持つ繊維材料が広く求められています。

 圧電効果を示すプラスチック超極細繊維の研究領域では、フィルム状態でも圧電効果を示すいわゆる圧電プラスチック[ポリフッ化ビニリデン(PVDF)など]を材料として用いた研究が数多く報告されているような状況でした。このようななか私達の研究グループでは、フィルム状態では圧電効果を示さない汎用プラスチック(ポリスチレン)であっても、電界紡糸(注2)による超極細繊維膜化のみにより、圧電材料の圧電特性に類似した疑似圧電特性[疑似正圧電(注3)特性および疑似逆圧電(注4)特性]を示すことを初めて発見しました(図1)。

 本発見は、材料選択の範囲を広げるとともに、安価な汎用プラスチックを用いることで極軽量、柔軟、優れた特性の圧力センサーやアクチュエーターが安価かつ大面積で製造できる可能性を示しました。さらに、ポーリング(注5)などの後処理を要しないため、製造工程の省工程化や省エネルギー化が期待されます。

図1

汎用プラスチック(ポリスチレン)からなる超極細疑似圧電繊維膜の概説図

電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜が示す疑似正圧電特性

 電界紡糸のワンステップで作製したポリスチレン超極細繊維膜が、圧電材料の正圧電特性に類似した疑似正圧電特性を示すことを初めて発見しました(図2)。なお、この疑似正圧電特性の発現には、圧電プラスチックフィルムで必要なポーリングなどの後処理を必要としません。正圧電特性は、生体の動作や心拍といった動きを捉える圧力センサーへと応用可能な特性であるため、当該超極細繊維膜が圧力センサーに応用できる可能性が示されました。

 この電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜の準静的な疑似正圧電特性を、新規に開発した圧電特性評価装置(企業と共同開発、特許出願済)を用いて評価したところ、見かけの圧電d定数(注6)が最も高い平均値で2894×10-12 C/N (与圧:約200 Pa、印加圧力値:約980 Pa)と高い値を示すことを明らかにしました。なお、圧電ポリマーであるPVDFやその共重合体やポリ-L-乳酸(PLLA)の結晶性フィルムの圧電d定数(d)は、d ≤ 53×10-12 C/Nです。さらに、数百Hzから1 kHzの高周波振動もセンシング可能であることも明らかにしています。

 ここで、当該電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜の各単繊維の平均直径は、3 μmから5 μm程度であり、当該繊維膜の膜厚はおよそ数十μmから数百μmの範囲で作製可能です。また、当該繊維膜のヤング率(E)はE > 1×103 Pa、密度はおよそ0.036 g/cm3であり、非常にやわらかく軽量な膜であることも分かっています。なお、圧電ポリマーであるPVDFやPLLAの結晶性フィルムのヤング率は1×109 Pa以上であり、密度は1.2 g/cm3以上です。

 私達の研究グループでは、この電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜を用いた指のタッチ動作や曲げ動作のセンシング(図3)、心拍のセンシングなどを実証しており、圧力センサーとしての実用化を目指した研究も進めております。

図2

電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜が示す疑似正圧電特性の概説図: 
上部電極および下部電極ではさまれた当該繊維膜は、印加圧力値の大小に応じて電荷を出力する。

図3

指の曲げ伸ばし動作のセンシング例: 
指を曲げたときに電圧が出力され、元の指を伸ばした状態に戻すと逆極性の電圧が出力される。

電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜が示す疑似逆圧電特性

 電界紡糸のワンステップで作製したポリスチレン超極細繊維膜が、圧電材料の逆圧電特性に類似した疑似逆圧電特性を示すことを初めて発見しました(図4)。逆圧電特性は、振動や音声を出力するアクチュエーターへと応用可能な特性であるため、当該超極細繊維膜がアクチュエーターに応用できる可能性が示されました。

 得られた疑似逆圧電特性から見かけの圧電d定数を算出したところ、準静的な電圧印加の場合では30,000×10-12 m/Vを超える値が、1 kHzの高周波の電圧を印加した場合でも約13,000×10-12 m/Vという従来の圧電材料の値[例:圧電プラスチックフィルム≤ 53×10-12 m/V、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)≤ 700×10-12 m/V]を大きく上回る値が得られることを明らかにしました(図5)。

図4

(a) 疑似逆圧電特性の測定方法の概説図。
(b) 電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜にゆるやかに電圧を印加したときの上部電極(金箔)の変位(準静的な疑似逆圧電特性)。
(c) 高周波(1 kHz)の交流電圧を電極間に印加したときの3次元変位像(最大変位時)。

図5

代表的な圧電材料および本資料の電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜の見かけの圧電d定数とヤング率

動作メカニズム

 上述の疑似圧電特性の発現メカニズムを解明するために、異なる積層方向で当該超極細繊維膜を積層したときの表面電位を測定しました。この結果、当該繊維膜の上側付近に正電荷が偏って担持され、繊維膜の下側付近に負電荷が偏って担持されたエレクトレット(注7)[図2(a)]であることを明らかにしました。すなわち、電界紡糸のワンステップで形成されたこの特異な帯電が、疑似圧電特性が発現したメカニズムの基礎であることを明らかにしました。

 さらに、この電界紡糸ポリスチレン超極細繊維膜で得られた特異な疑似正圧電特性および疑似逆圧電特性を説明する特性解析モデルも初めて提案しています。この特性解析モデルを用いて、得られた疑似圧電特性の解析を行ったところ、当該繊維膜の非常にやわらかい性質と良好な帯電が、高い見かけの圧電d定数が得られた主な原因であることを突き止めています。
 ここで、上述の疑似圧電特性は、他の超極細繊維膜の作製法(複合溶融紡糸、メルトブローなど)では発現せず、高電圧を使用する電界紡糸でのみ発現するユニークな特性であると考えられます。

 このように、私達の研究グループでは、世界に先駆けて汎用プラスチックからなる電界紡糸超極細繊維膜が高い疑似圧電特性を示すことを発見しました。今後は、より詳細な動作メカニズムの解明や、圧力センサーやアクチュエーターとしての実用化を目指した研究を進めていきます。


(注1) 圧電: 本資料では、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)や圧電プラスチックなどの圧電材料の結晶体に生じる正圧電現象と逆圧電現象を総じて圧電と表現している。
(注2) 電界紡糸: プラスチックの溶液もしくは溶融体を高電圧で帯電させ、静電引力により超極細繊維を紡糸する方法。
(注3) 正圧電: PZTや圧電樹脂などの圧電材料の結晶体に圧力を加えると、ひずみが生じて電圧が発生する現象。
(注4) 逆圧電: PZTや圧電樹脂などの圧電材料の結晶体に電場を加えると、ひずみが生じて変形する現象。
(注5) ポーリング: 高電界などを利用して物質内の電荷の偏りの方向をそろえる処理方法。
(注6) 圧電d定数: 圧電特性の指標の一つ。
(注7) エレクトレット: 半永久的に電荷を保持する材料。

【主な発表論文】

  • Y. Ishii, Y.M. Yousry, T. Nobeshima, C. Iumsrivun, H. Sakai, S. Uemura, S. Ramakrishna, K. Yao, 
    “Electromechanically active as-electrospun polystyrene fiber mat: Significantly high quasistatic/dynamic electromechanical response and theoretical modeling”, Macromol. Rapid Commun. 41, 2000218 (2020). (Highlighted in Front Cover Picture)
  • Y. Ishii, S. Kurihara, R. Kitayama, H. Sakai, Y. Nakabayashi, T. Nobeshima, S. Uemura,
    “High electromechanical response from bipolarly charged as-electrospun polystyrene fibre mat”, Smart Mater. Struct. 28, 08LT02 (2019).
  • Y. Ishii, S. Kurihara, “Charge generation from as-electrospun polystyrene fiber mat with uncontacted/contacted electrode”, Appl. Phys. Lett. 115, 203904 (2019).
  • Y. Ishii, T. Nobeshima, H. Sakai, K. Omori, S. Uemura, M. Fukuda, “Amorphous Electrically Actuating Submicron Fiber Waveguides”, Macromol. Mater. Eng. 303, 1700302 (2018).
    (Highlighted in Front Cover Picture).

【関連の出願特許】

  • 【発明名称】発電素子および発電素子の製造方法
    【出願番号】特願2019-072448
  • 【発明名称】プラスチックナノファイバおよび光ファイバならびにプラスチックナノファイバの作製方法
    【登録番号】特許第6718159号

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