注目研究の紹介 2021年5月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

 【2021年5月】
  脳の血液循環系インターフェイスにおける恒常性制御
 (応用生物学系 宮田清司 教授)

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脳の血液循環系インターフェイスにおける恒常性制御

 脳の血管系は、血液のイオン・ホルモン・アミノ酸などが透過して神経細胞などに影響を及ぼさないようにバリア(Brain-blood barrier; BBB)を形成しています。一方、脳にはBBBが存在せず血液分子が自由に出入りすることができる脳室周囲器官と呼ばれる部位があり、血液循環系のインターフェイスとして機能しています。脳室周囲器官である終板器官、脳弓下器官、最後野は、血液中の情報(イオン、浸透圧、ホルモン、体温、有害化学物質、細菌やウィルス成分)を直接感知することができます。体液組成のホメオスタシス維持や病原体の侵入感知は生命の生存に不可欠であり、脳が直接制御しています。さらに、脳室周囲器官には、新しい細胞を作りだす能力のある神経幹細胞が存在することが明らかになっています。このように、脳室周囲器官は生命維持に必要不可欠な機能を有していますが、この部位の機能障害は重篤な病気になる可能性を示しています。私の研究室では、マウスを用いて脳の血液循環系インターフェイスである室周囲器官の様々恒常性制御機構を研究しています。

感染時における発熱と低体温発症の解明

 体内に侵入した細菌やウィルスの感染情報は最終的には脳に伝えられ、発熱・食欲不振・倦怠感を引き起こします。脳室周囲器官は、脳の血管のインターフェイスであり、この部位から感染情報が脳の神経系に伝わり病的状態を引き起こします。病原体由来成分は、自然免疫系のToll-like receptors(TLRs)に認識され、末梢から脳の神経系に感染情報が伝えられます。例えば、感染の初期段階では発熱により免疫系を活性化し病原体を体内から駆除しようとします。一方、感染が重篤になるとサイトカインストームにより敗血症を起こし、臓器保護や病原体増殖抑制の為に体温は低下します。しかし、驚くべくことに末梢からの感染情報が脳へ伝えられ病的状態を生じるメカニズムはよく分かっていません。それは、コロナウィルスのパンデミックが起きても、人類が有効な治療方法を見いだせていない事実からも明らかです。私の研究室では、自然免疫系を担うTLR4、温度感受性タンパク質TRPV1やTRPM8に着目し、病原体の感染情報がどのように末梢から脳の血管のインターフェイスに伝えられ、体温変化・食欲不振・倦怠感などの病的変化を起こすのか研究しています。

図1

[図1]

[図1]マウスの腹部にG2-mitterを埋め込み、グラム陰性菌由来のLPSやTRPV1 agonist RTXによる深部体温を測定した結果を示しています。LPSの末梢投与(青線)は、発熱を生じていることが分かります。一方、TRPV1 agonist RTX(桃色)は低体温を生じますが、LPS投与(オレンジ色)により低体温がより大きくなっています。本研究は、『Scientific Reports』(2015年5月18日)に掲載されました。

図2

[図2]

[図2]マウスの脳に、TRPV1 agonist RTXを注入後免疫系の活性化指標であるSTAT3を共焦点レーザー顕微鏡で検出した画像です。Vehコントロールでは、脳の各部位においてほとんどSTAT3活性化が見られませんが、RTX注入により顕著な活性化が起きていることが分かります。本研究は、『Scientific Reports』(2015年5月18日)に掲載されました。

感染時におけるミクログリアの増殖

 脳の免疫担当細胞であるミクログリアは、正常状態においては不必要な物質を除去し、細胞を貪食することで、脳内環境恒常性維持のために重要な役割を担っています。しかし、近年、うつ病などの精神疾患は、ミクログリアが持続的活性化状態にあることで脳が炎症状態に陥っていることが報告されています。今まで、ミクログリアの増殖は、脳梗塞やアルツハイマー病などの重度の脳疾病で起きるが、感染などの軽度炎症では起きないと信じられてきました。しかし、私の研究室ではグラム陰性菌成分LPSの低投与量(発熱を伴う風邪程度の刺激)により、顕著なミクログリア増殖が起きていることを明らかにしました。このことは、脳のミクログリアが、容易に増殖することから明らかになりました。一方、ミクログリアの増殖が暴走化した場合、精神的脳疾病の発症につながる可能性があることを示唆しています。また、ミクログリアの増殖を標的にした新しい医薬品の開発に繋がると考えられます。現在、脳のミクログリア増殖が感染による病的状態(発熱・食欲不振・倦怠感)にどのように関与しているのか研究を進めています。

  • 図3

    [図3]

  • 図4

    [図4]

[図3]チミジンアナログであるBrdUをマウスに飲ませ、共焦点レーザー顕微鏡でLPSによりミクログリアが活発に増殖していることを脳室周囲器官だけでなく多くの脳部位で観察しました。緑の蛍光はミクログリアを示し、赤色はBrdUで標識された増殖している核を示しています。
[図4]脳のいろいろな部位で、ミクログリアが増殖していることを定量化したものです。ミクログリアは、LPSによる炎症刺激で数日内に増殖し密度が増加しますが、約3週間で普通のレベルに戻ることから、一過性の増殖であることが分かります。
本研究は、『Scientific Reports』(2018年2月2日)に掲載されました。

暑熱環境における体温維持機構

 人を含む哺乳類は恒温動物であり、体温を一定に保つ仕組みが存在しています。人類は、この仕組みにより極寒から熱帯地域まで棲息範囲を広げました。私の研究室では、TRPV1が脳室周囲器官のアストロサイトに特異的に発現していることを明らかにしました。また、TRPV1遺伝子を欠くノックアウトマウスは暑熱環境において異常な体温上昇を示すことを明らかにしました。脳に存在するTRPV1は血管を拡張させ放熱させていますが、TRPV1が欠損していると放熱が出来ずに体温上昇を引き超すことも明らかにしています。

図5

[図5]

[図5]マウスの腹部にG2-mitterを埋め込み、暑熱環境(32.5℃)における深部体温を測定した結果を示しています。野生型(黒線)マウスは、環境温度を32.5度にすると、深部体温に変化がないことが分かります。一方、TRPV1遺伝子を欠くノックアウト(KO)マウスでは、深部体温が上昇し、「熱中症」状態になっていることが分かります。本研究は、『Scientific Reports』(2020年5月29日)に掲載されました。

 私の研究グループでは、唐辛子に含まれる辛み成分でTRPV1活性化物質のカプサイシンが、脳に作用し体温を低下させることを明らかにしています。よって、熱帯域から亜熱帯域において唐辛子を含む食品が好まれるのは、脳のTRPV1放熱神経回路をオンにすることで体温上昇を抑制していることが考えられます。近年、地球温暖化傾向が進行し日本でも真夏の平均気温は予想を超える高さとなっています。新しい食生活様式として、暑い夏に、唐辛子を含んだ食事を食べることが推奨されます。

図6

[図6]

[図6]マウスの尾部表面温度を、FLIRサーモグラフィーカメラで撮影。野生型(WT)マウスは、カプサイシン(CA)経口摂取により尾部の表面温度が上昇し、放熱していることが分かります。一方、TRPV1遺伝子を欠くノックアウト(KO)マウスでは、尾部からの放熱が起きていません。本研究は、国際行動科学会機関誌『Physiology & Behavior』(2019年4月19日)に掲載されました(Elsevier社の許可を得て転載)。

新たな神経幹細胞の発見

 ヒトを含めた哺乳類の成体脳には神経幹細胞が存在せず、再生しない組織と長年考えられてきました。しかし、近年、成体脳の一部で神経幹細胞の存在が証明され、その異常は脳疾病発症の原因であることも報告されています。さらに、神経幹細胞は、脳損傷部位への新しい神経やグリア細胞を供給する働きもあり、脳機能の修復・再生に関与することも明らかになりました。
 私の研究グループは、今まで神経幹細胞が存在しないとされてきた哺乳類成体脳の延髄において、神経幹細胞が存在することを、神経幹細胞培養と遺伝子改変マウスを用いて初めて報告しました。延髄の神経幹細胞は、脳室周囲器官の最後野のアストロサイト様細胞と上衣細胞様細胞であることを明らかにしました。また、延髄では、中心管に沿い延髄全域に亘って存在することを明らかにし、新しい細胞供給源の存在を示しました。実際、延髄の出血性損傷モデルにおいて、これらの神経幹細胞の増殖が促進され、損傷部に新しい細胞を供給することが明らかになりました。今まで、延髄が脳出血・梗塞・物理的事故で損傷した場合、これら生命維持に関わる身体機能の維持・回復には運動によるリハビリテーションが有効とされてきました。しかし、延髄における神経幹細胞の新たな発見は、壊れた延髄機能を回復させる新しい治療法の創出になると考えられます。

図7

[図7]

[図7](左側)神経幹細胞が遺伝子改変マウスを用いて延髄における神経幹細胞(緑色)を可視化しました。脳の長軸方向の観察では、中心管という脳室面に沿いTanycyte-likeな神経幹細胞が存在していることが分かります。(右側)脳の短軸方向の観察では、中心管を囲むように神経幹細胞(緑色)が存在していることが分かります。赤色は、ビメンチン、青は核を示しています。本研究は『Scientific Reports』(2020年2月18日)に掲載されました。

図8

[図8]

[図8](左側)成体マウスの脳室周囲器官(最後野)より組織を切り出し、ニューロスフェア培養により、神経幹細胞を培養しました。神経幹細胞は、塊状となりスフェアを形成していることが分かります。(中央)神経幹細胞がマーカータンパク質であるNestinを発現していることが分かります。(右側)神経幹細胞を、分化促進培地で培養するとアストロサイト(赤色)やオリゴデンドロサイト(緑色)に分化していることが分かります。本研究は『Scientific Reports』(2020年2月18日)に掲載されました。

【主な発表論文】

  • Yoshida A, Furube E, Mannari T, Takayama Y, Kittaka H, Tominaga M, Miyata S. (2016) TRPV1 is crucial for proinflammatory STAT3 signaling and thermoregulation-associated pathways in the brain during inflammation. Scientific Reports 6: 26088.
    (フリーアクセス:https://www.nature.com/articles/srep26088)
  • Furube E, Kawai S, Inagaki H, Takagi S, Miyata S. (2018) Brain region-dependent heterogeneity and dose-dependent difference in transient microglia population increase during lipopolysaccharide-induced inflammation. Scientific Reports 8: 2203.
    (フリーアクセス:https://www.nature.com/articles/s41598-018-20643-3)
  • Inagaki H, Kurganov E, Park Y, Furube E, Miyata S. (2019) Oral gavage of capsaicin causes TRPV1-dependent acute hypothermia and TRPV1-independent long-lasting increase of locomotor activity in the mouse. Physiology & Behavior 206:213-224.
  • 古部瑛莉子・宮田清司 (2019) 総説「脳室面は成体における神経幹細胞のニッチである」BIO Clinica 11月号「特集: iPS再生医療の最前線 (京都大iPS細胞研究所・長船健二編)」34巻(13号)65-67頁
  • Furube E, Ishi H, Nambu Y, Kurganov E, Nagaoka S, Morita M, Miyata S. (2020) Neural stem cell phenotype of tanycyte-like ependymal cells in the circumventricular organs and central canal of adult mouse. Scientific Reports 10: 2826.
    (フリーアクセス:https://www.nature.com/articles/s41598-020-59629-5)
  • Yonghak P, Miyata S, Kurganov E. (2020) TRPV1 is crucial for thermal homeostasis in the mouse by heat loss behaviors under warm ambient temperature. Scientific Reports 10:8799.
    (フリーアクセス:https://www.nature.com/articles/s41598-020-65703-9)

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