注目研究の紹介 2021年8月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

 【2021年8月】
  機能創製を志向した有機ヒ素化学の開拓
 (分子化学系 中建介 教授)

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機能創製を志向した有機ヒ素化学の開拓

 ヒ素化合物は古くから毒物として使用され、極めて猛毒というイメージが広く一般に知れ渡っているため、ヒ化ガリウム単結晶などの電子材料を除いて、現在では材料としてヒ素元素を利用しようという試みはほとんど行われていない。一方、ある種の微生物や藻類はヒ素を取込んで体内で毒性の低い有機ヒ素化合物に変換することが知られている。つまりヒ素化合物のうち猛毒なものは亜ヒ酸などの無機ヒ素であり、ヒ素を有機化することによりその毒性は一般的に大きく低下することになる。さらに、ヒ素は必須元素であることが知られていて、最近では猛毒の亜ヒ酸が白血病の治療薬として使われている。
 このようにヒ素化合物は生理活性については良く研究されているが、その化学的な特性や反応に関しては案外よくわかっていないのが現状である。我々は図1にように不揮発性ヒ素前駆体から容易に誘導できる環状オリゴアルシンを用いた様々な活性中間体を系中で発生させ、様々な有機ヒ素中間体を安全かつ簡便に調製できる有用な炭素-ヒ素結合形成法を開発することで、多種多様な有機ヒ素化合物を合成することを可能としてきた。これらの技術を基盤とし、ヒ素化合物ならではの特性を理解することで従来にはない有用機能を有する材料創出に向けた研究を進めている。

図1:廃元素資源である亜ヒ酸から誘導されるヒ素中間体を経由した有用物質の合成

ヒ素元素含有π共役高分子の一重項酸素発生機能

 近年、光照射により活性酸素の一種である一重項酸素を発生させる有機光増感色素は、光線力学的治療や有機合成の分野で注目を集めている。光増感色素の一重項酸素発生効率を向上させるためには、光励起によって生じる一重項励起状態(S1)から三重項励起状態(T1)への項間交差を効率よく引き起こし、T1から酸素へのエネルギー移動を効率よく進行させる必要がある。我々はヒ素元素を含有したπ共役高分子であるジチエノアルソール-フルオレン共重合体(DTA-FL)を用いて一重項酸素発生の検討を行ったところ、光照射によって一重項酸素が発生し、一重項酸素発生量子収率は54%であることが分かった(図2)。この値は一般的な光増感色素として知られているメチレンブルーと同程度の値であり、主鎖型の光増感色素の中での最高値である。興味深いことに、光照射によって空気中で一重項酸素が発生するにも関わらず24時間経過してもヒ素元素含有π共役高分子の分解が全く認められないという極めて優れた耐性を発現することを見出した。また、固体状態のみならず、分子分散した溶液中でも、固体状態と同様に一重項酸素による分解が全く認められないことから、分子骨格自体に一重項酸素耐性を有することを発見した。

図2:光照射によるヒ素元素含有π共役高分子の一重項酸素高効率発生

光酸化触媒としての応用

 一般的低分子の色素増感剤を光酸化触媒として利用する場合は、生成物と光酸化触媒の分離には煩雑な工程が必要であるが、高分子系色素増感剤を用いるとより簡便に触媒のリサイクルが可能である。そこでDTA-FLを光酸化触媒としてモデル反応であるベンゾイルアルデヒドの酸化反応を検討した。光照射による光酸化反応後、DTA-FLが溶解しない貧溶媒を添加することで、DTA-FLを沈殿として回収した。これを再び光照射による光酸化反応を行うというリサイクル操作を繰り返しても光酸化触媒の活性低下は全く認められなかった(図3)。一般的な有機色素増感剤では、自分自身が発生した一重項酸素によって、分解される。これに対してこの結果は強力な酸化剤である一重項酸素に対してDTA-FLは極めて優れた耐性を有していることを示すものであり、リサイクル可能な高効率光酸化触媒としての応用が期待される。

図3:ヒ素元素含有π共役高分子のリサイクル可能な光酸化触媒としての応用

ヒ素元素含有π共役高分子のレーザー発振機能

 有機色素を用いた有機固体レーザー材料は、用いる有機分子の設計自由度に基づく広範囲な波長可変性や成型加工容易性など多くの特徴を有し、医療診断からセンシングなど幅広い分野への応用が期待されている。しかし、現状の有機色素は耐光性が低いという課題を抱えている。加えて、ASE(自然放射増幅光)発振のための利得媒体の具体的な分子設計指針が明らかになっていない。我々はジチエノアルソール–ジエチニルベンゼン共重合体(DTA-EB)とジチエノアルソール-ビチオフェン共重合体(DAT-BT)がASE発振することを見出し、有機固体レーザーの利得媒体として用いることが可能であることを見出した。興味深いことに、DTA-EBDAT-BTに対してレーザーパルスを15時間照射し続けてもASE発振強度の低下がほとんど認められなかった(図4)。レーザー発振材料の代表であるローダミン6Gのセルロースアセテート分散系では、1.1時間でレーザー活性が半分に、2.2時間でレーザー活性を失う。これらの結果は、高分子系の利得媒体としてDTA-EBDAT-BTは著しいレーザー耐光性を示すものであり、これまでの有機材料の欠点を克服する有機固体レーザー材料開発が期待される。

図4:レーザー耐性を有するヒ素元素含有π共役高分子

研究の意義と今後の展望

 有機系機能性材料は無機系機能性材料に比べて軽量で分子設計容易性の面で優れているが、紫外光や化学物質による分解・劣化が容易に進行するという欠点を有しており、未だ光や酸化劣化を劇的に抑制する分子骨格設計指針は見出されていないのが現状である。通常の有機光増感色素ではレーザー照射を行うと、同時に発生する一重項酸素によって酸化され、短時間で劣化してしまう。共役系有機色素において強力な酸化剤である一重項酸素に対して極めて優れた耐性を発現し、レーザー耐性を有する材料は代表研究者らが見出したヒ素元素含有π共役系高分子以外は知られておらず、極めて新規性が高い。本研究は、未踏のヒ素−炭素結合の特性を理解することで、極めて難易度の高いπ共役系有機色素の超長寿命化を達成できる端緒となる結果であるという点が独創的である。
 現在、井戸水や河川等の飲料水へのヒ素汚染は特に東南アジアなどで深刻な問題となっており、我が国においても東日本大震災においてヒ素の流失が観測されるなどその適切な浄化法が望まれている。技術的には吸着剤等を用いた浄化は可能であるが、コストの面で浄化は限定的である。もし、天然資源である猛毒な亜ヒ酸を有機分子骨格中に固定化し、それらが有用な高機能材料とした応用の可能性を発見できれば、回収亜ヒ酸を買い取り、高付加価値の商品を生み出すという新たなビジネスの創出によって環境問題への貢献が図られることを期待している。

【主な発表論文】

  • 1) H. Imoto, K. Naka, “The Dawn of Functional Organoarsenic Chemistry” Chem. Eur. J., 25, 1883 (2019). doi:10.1002/chem.201804114
  • 2) S. Tanaka, T. Enoki, H. Imoto, Y. Ooyama, J. Ohshita, T. Kato, K. Naka, “Highly Efficient Singlet Oxygen Generation and High Oxidation Resistance Enhanced by Arsole-Polymer-based Photosensitizer: Application as a Recyclable Photooxidation Catalyst”, Macromolecules, 53, 2006 (2020). doi:10.1021/acs.macromol.9b02620
  • 3) C. Yamazawa, Y. Hirano, H. Imoto, N. Tsutsumi,K. Naka, “Superior light-resistant Dithieno[3,2-b:2′,3′-d]arsole-based polymers exhibiting ultrastable amplified spontaneous emission”, Chem. Commun. 57, 1595 (2021). doi: 10.1039/D0CC07521C
  • 4) Tanaka, S.; Konishi, M.; Imoto, H.; Nakamura, Y.; Ishida, M.; Furuta, H.; K. Naka, “Fundamental Study on Arsenic(III) Halides (AsX3 X = Br, I) toward Construction of C3-Symmetrical Monodentate Arsenic Ligands”, Inorg. Chem. 59, 9587 (2020). doi.org/10.1021/acs.inorgchem.0c00598

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