注目研究の紹介 2022年3月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

 【2022年3月】
  天然の結晶形態を維持したシルクフィブロインナノファイバー
  (繊維学系 岡久陽子 准教授) ※紹介動画はこちら(YouTubeが開きます)

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天然の結晶形態を維持したシルクフィブロインナノファイバー

 蚕が紡ぎだす繭(シルク)の主成分であるフィブロインは、緻密な階層構造を持った繊維状のタンパク質です。強靭で美しく、優れた風合いを有することから古より織物原料として珍重される一方で、生体への安全性が高いことも経験的に知られており、外科用縫合糸としても利用されてきました。近年ではその高い生体親和性から、再生医療用足場材や化粧品、食品等、様々な用途が期待されています。
 フィブロインを新素材として広く利用してくためには絹糸としてだけでなく、十分な強度を有するフィルムやスポンジなどの成形体へと加工する技術が必要です。現在、我々は湿式グラインダーなど機械解繊手法を用いたフィブロインナノファイバーの開発を行っています。

機械解繊によるフィブロインナノファイバー製造

 繭糸は芯の部分に繊維状タンパク質であるフィブロイン繊維があり、周囲を膠状のタンパク質であるセリシンが包着しています。いわゆる「絹糸」は、精練作業によりセリシン部分を洗い流し、中心のフィブロイン繊維を取り出したものです。この取り出された一本の糸にみえるフィブロイン繊維を拡大して観察すると、幅が約30nmのミクロフィブリルの集合体であることがわかります。フィブロイン繊維は、実は天然のナノファイバーで構成されているのです。我々はこのフィブロイン繊維を物理的に解きほぐすことによりナノファイバー化することに成功しました。この手法で作製されるフィブロインナノファイバーは水へ分散した状態で得られ、乾燥させることにより容易にフィルム成形が可能です (図1)。

図1
図1 機械解繊により製造したフィブロインナノファイバーとフィルム:
機械解繊を繰り返すことで繊維径やフィルムの透明性を制御することができる。

フィブロインナノファイバーの基礎物性

 フィブロインを成形加工する従来の一般的な手法は、フィブロインを臭化リチウム等の高濃度塩中へ溶解し、純水で透析脱塩して得られる水溶液を用いて成形体へと再生加工するものです。しかし、毒性の高い薬品が必要であること、透析作業に大量の水を必要とすることから環境負荷が大きいこと、また、フィブロインが一度、分子レベルにまで溶解され、成形加工の際に再構築されることから、天然の繊維とは異なる結晶形態(Silk I)を持ち、強度や熱安定性が低下することが課題でした。一方で、我々が開発したフィブロインナノファイバーは毒性の高い溶剤を用いず、水のみを用いた処理で製造可能であり、溶解過程を経ないことから天然の繊維の結晶形態(Silk II)を維持しています(図2)。このことから従来の再生フィルムに比べて弾性率や耐熱性、耐紫外線性に優れることが明らかになりました(図3)。

図3
図2 原料であるフィブロイン繊維(Raw Fibroin)、フィブロインナノファイバーフィルム(FNF)、従来の再生フィブロインフィルム(RF)のFTIRスペクトル:
RFと異なり、FNFはアミドのピーク位置がRaw Fibroinと変わらず、二次構造が維持されていることを確認した。
図3
図3 フィブロインナノファイバーフィルム(FNF)と再生フィブロインフィルム(RF)の引張測定結果:
FNFの方がRFに比べて弾性率・破断強度・破断ひずみが大きく
紫外線照射後も物性が維持されていた。

フィブロインナノファイバー複合材料開発

 現在、我々の研究室では高弾性のフィブロインナノファイバーを単体で利用することに加え、繊維補強材としての利用も検討しています。水懸濁液状態で得られるフィブロインナノファイバーは、他の親水性高分子とのなじみがよく、容易に複合化が可能です(図4)。キトサンやゼラチンといった医療用材料として有効でありながらも機械的強度の低さが課題である材料の補強用繊維として、生体安全性の高いフィブロインナノファイバーを利用できる可能性があります(図5)。

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図4 原料の繭とフィブロインナノファイバー水懸濁液
図3
図5 フィブロインナノファイバー補強キトサンゲルの圧縮試験後の様子:
フィブロインナノファイバーを添加したゲル(FNF0.2、FNF0.4)は
キトサンのみのゲル(FNF0)に比べて変形が少なかった。

【主な発表論文】

  • Preparation of silk-fibroin nanofiber film with native β-sheet structure via a never dried-simple grinding treatment, Yoko Okahisa, Chieko Narita, Kazushi Yamada, Journal of Fiber Science and Technology 75(4), 29-34, 2019, DOI: 10.2115/fiberst.2019-0005.
    (フリーアクセス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiberst/75/4/75_2019-0005/_article)
  • Fabrication and characterization of a novel silk fibroin film with UV and thermal resistance, Yoko Okahisa, Chieko Narita, Kazushi Yamada, Materials Today Communications 25, 101630, 2020, DOI: 10.1016/j.mtcomm.2020.101630.
  • Surface analysis of novel fibroin films based on well-preserved crystalline structures, Yoko Okahisa, Chieko Narita, Takashi Aoki, International Journal of Biological Macromolecules, 191, 1017-1025, 2021, DOI: 10.1016/j.ijbiomac.2021.09.125.
  • Optically transparent silk fibroin nanofiber paper maintaining native β-sheet secondary structure obtained by cyclic mechanical nanofibrillation process, Yoko Okahisa, Yuno Yasunaga, Karin Iwai, Shin-ichi Yagi, Kentaro Abe, Ibuki Nishizawa, Shinsuke Ifuku, Materials Today Communications 29, 102895, 2021, DOI: 10.1016/j.mtcomm.2021.102895.

【関連の出願特許】

  • 【発明名称】フィブロインの解繊・粉砕方法
    【登録番号】0826PJP00

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