村野藤吾(1891~1984年)は、1918年に早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、大阪の渡辺節建築事務所で設計実務を学び、1929年に独立して自らの事務所を設立、戦前戦後を通じて半世紀以上に及ぶ長い間、関西を中心に精力的な設計活動を展開し、名作と呼ばれる数多くの建築作品を遺した日本を代表する建築家の一人です。代表作には、森五商店東京支店(1931年)、そごう百貨店(1935年)、宇部市民館(1937年)、世界平和記念聖堂(1954年)、大阪新歌舞伎座(1958年)、都ホテル佳水園(1959年)、日本生命日比谷ビル(1963年)、千代田生命本社ビル(1966年)、西宮トラピスチヌ修道院(1969年)などがあり、その幅広い知識と豊かな感性、素材とディテールにこだわった職人的な方法から生み出された陰翳に富む自在な造形は、他の建築家の追随を許さない独自の建築の世界を生み出してきました。
彼の没後の1994年に、設計作業の内実を示す5万点を超える貴重な設計原図が、遺族から京都工芸繊維大学の美術工芸資料館に託されました。これを機に、学内の教員と外部委員から構成された村野藤吾の設計研究会が設立され、収蔵へ向けた整理が進められ、1999年から、その成果を公開することを目的に、延べ13回にわたって村野藤吾の建築設計図面展が開催されてきました。同時に、これらの展覧会では、毎回、建築の設計を志す学生たちが、設計原図を読み取って、精巧な模型を制作してきました。
本展覧会では、目黒区美術館の協力の下、そうして制作された歴代の模型の中から80点を一堂に集め、関連する設計原図や村野藤吾のスケッチ、竣工写真や現況写真と共に展示します。設計原図からは読み取りにくい建物全体の構成や細部の造り込み、周到に考え抜かれたスケール感や絶妙な各部のプロポーションなど、村野が求めたヒューマニズムを基調とする豊饒な建築世界に触れていただければ幸いです。