ポリエチレンテレフタレート(PET)を分解して栄養源とする細菌を発見
-ペットボトルなどのPET製品のバイオリサイクルに繋がる成果-

本学の小田耕平名誉教授と木村良晴名誉教授の研究グループ、慶應義塾大学理工学部の吉田昭介助教(現所属:京都大学工学研究科ERATO秋吉プロジェクト研究員)と宮本憲二准教授、帝人株式会社、株式会社ADEKAが共同研究を行い、ポリエチレンテレフタレート(PET)を分解して生育する細菌を発見するとともに、その分解メカニズムの解明に成功しました。

PETは、ペットボトルや衣服等の素材として、世界中で活用されています。 PET製品の一部はリサイクルされていますが、その多くは廃棄され、自然界での生物による分解がされないと考えられてきました。本研究結果はこの通説を一部覆すもので、その応用は使用済みPET製品のバイオリサイクル技術の開発に貢献することが期待されます。

本研究成果は、 2016年3月10日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されました。      ※誌面はこちらからご覧いただけます。

1.本研究のポイント

  • PETを分解し、生育する新種の細菌Ideonella sakaiensis 201-F6株を発見。
  • 201-F6株が生産する2種のPET加水分解に関与する酵素※1(PETase, MHETase)を発見。
  • PETase, MHETaseの諸性質から、201-F6株が自然環境中でPETを栄養源として生存可能であることを解明。

2.研究背景

PETは石油を原料に製造され、ペットボトルや衣類などに汎用されています。世界のPET樹脂総生産量(2013年)は、約5600万トンで、容器包装用(1540万トン)、フィルム(320万トン)、繊維(3800万トン)等に使用されています。リサイクルされているのは、ペットボトルのみで、それはペットボトル生産量(613万トン)の37%、PET樹脂総生産量の4.1%に過ぎません。使用済みPET製品の多くは廃棄されています。今後、人類が持続可能な社会を構築するためには、限りある資源への依存から脱却し、リサイクルへと舵を切ることが求められています。現在行われている主要なPETのリサイクル手法の一つにケミカルリサイクルがありますが、膨大なエネルギーを消費するなどの問題点があります。

PET製品は安定であるため、自然界では生物分解を受けないとされてきました。しかし私たちは、PETを栄養源とする微生物を見つけることができれば、その生物機能を利用することで、低エネルギー型・環境調和型の「PETバイオリサイクル」が実現できると考えました。

3.研究内容・成果

研究は、自然界よりPET分解菌を探索することから開始しました。様々な環境サンプルを採取し、PETフィルムを主な炭素源とする培地に投入し、培養を行いました。数週間後、PETくずを含む堆積物を投入した試験管において、PETフィルムに多種多様な微生物が集まり、分解している様子を発見しました。そして、この微生物群から強力なPET分解細菌を分離することに成功しました。私たちは本菌が大阪府堺市で採取した環境サンプル由来であることからIdeonella sakaiensis (イデオネラ サカイエンシス) 201-F6株と命名しました。201-F6株はPETを分解するばかりか、PETを栄養源として増殖することが分かりました。

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(左)PETフィルム上で生育する201-F6株

(右)フィルム表面を洗浄後、観察される分解痕

次に、この細菌のPET分解の仕組みに興味を持ち、PETを分解する酵素に関する情報を得るためゲノム※2の解読を試みました。その結果、これまでにPETを加水分解※3することが報告されている酵素と類似した配列をコードする遺伝子を見出しました。そこで、その遺伝子産物であるタンパク質の機能解析を行ったところ、PETを加水分解する能力があることが判明しました。驚くべきことに、この酵素はこれまで報告されたPET加水分解酵素(本来の機能は他の高分子エステル化合物の加水分解と考えられる)よりも、①PETを好んで分解する、②PETが頑丈な構造となる常温において高い分解活性を持つ、ことが分かりました。これらの能力は、201-F6株が自然界でPETを栄養源として生存するための「武器」となっている可能性があります。私たちは、これらの性質を考慮し、この酵素をPETase(ピー・イー・ティー・エース)と命名しました。

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Ideonella sakaiensis 201-F6株は2種の酵素を用いてPETを単量体にまで分解する

さらに私たちは、PETaseはPETを加水分解し、MHET(テレフタル酸1分子とエチレングリコール1分子が脱水縮合した化合物)を主に生成し、それ以上反応が進まない現象に着目しました。MHET加水分解酵素の存在を予想し、201-F6株の網羅的な遺伝子発現解析※4を進めたところ、PETaseと発現が類似した遺伝子に行き当たりました。この遺伝子がコードするタンパク質の機能解析を行ったところ、MHETを迅速に加水分解する能力があることを突き止めました。この新酵素はMHETに非常に高い親和性を示したことから、MHETase(エム・エイチ・イー・ティー・エース)と命名しました。

以上の結果から、環境中より分離した細菌201-F6株が、2種の酵素PETaseとMHETaseにより、PETを効率よく、単量体であるテレフタル酸とエチレングリコールに分解することが明らかとなりました。生成されたテレフタル酸とエチレングリコールは、本菌により更に分解され、最終的に炭酸ガスと水になります。この段階からは、本菌のみならず、多くの微生物が分解することが報告されています。これまでPETは自然界で、分解されず蓄積するのみと考えられてきましたが、今回の研究により、PETを物質循環※5に組み込む生物的なルートが存在することが明らかとなりました。

4.今後の展開

微生物・酵素を用いたPET分解は化学処理と比べ、エネルギーの消費が小さく、環境にやさしい手法です。今回見出された微生物由来酵素の活性や安定性の強化が達成できれば、理想的なPETリサイクルの実現が近づくと考えています。

<原論文情報>

タイトル(和訳):
A bacterium that degrades and assimilates poly(ethylene terephthalate)
(ポリエチレンテレフタレートを分解・資化する細菌)
著者名:
吉田昭介1,2†、平賀和三1、竹花稔彦3、谷口育雄1、山地広尚1、前田康人4、豊原清綱4、宮本憲二2、木村良晴1、小田耕平1
1京都工芸繊維大学、2慶應義塾大学、3株式会社ADEKA、4帝人株式会社、現所属:京都大学
掲載誌:
Science

※本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業 若手研究(B) 24780078, 26850053、及び、野田産研研究助成(奨励研究助成)の補助を受けて行われました。

<用語説明>

※1 酵素:生物が物質を代謝するために生産するタンパク質。

※2 ゲノム:デオキシリボ核酸(DNA)から構成される生物の遺伝情報の総体。細菌ゲノム上には、数千以上の遺伝子が密に並んでいる。

※3 加水分解:エステル結合では、水分子と反応し、酸とアルコールを生成する。

※4 遺伝子発現:遺伝子情報が細胞の構造や機能に変換される過程。本研究では、その過程において中間的な役割を果たすメッセンジャーRNAを細胞より取り出し、次世代シーケンサーにより網羅的に解読した。

※5 物質循環:環境中における物質の合成・分解の流れ。