令和元年度海外教育連携教員派遣報告
西尾 弘司 助教 (国立台湾大学)

所属 電気電子工学系
氏名 西尾 弘司 助教
期間 令和元年5月7日-令和元年10月18日
滞在先 国立台湾大学

國立臺灣大學(National Taiwan University)

國立臺灣大學(以下台湾大学と表記)は、台湾が日本の統治下にあった1928年に設立された臺北帝國大學(Taihoku Imperial University)を前身とする総合大学です。総数11のカレッジには現在56の学科、112の大学院研究科、51の研究センターがあり、台湾随一の規模を有しています。メインキャンパスは台北市街地にあり、約17000人の学部学生、約12000人の修士課程大学院生、約3500人の博士課程大学院生が学んでいます。この内5000人以上が60を超える国々から集まった留学生です。学生向け、訪問研究者向け宿舎も非常に充実しており、他に各種福利厚生施設や店舗、レストラン、ホテルなどが広大なキャンパス内に点在していて、その気になればキャンパス内で生活を完結できます。写真1はメインストリートから望む5階建ての総図書館です。建物設備、収蔵量も立派ですが、本学では価格面から購読を断念した多くの学術雑誌が購読されており、教育研究活動基盤を強力に支えています。
 海外大学との交流も盛んで、日本を含む世界64国600もの大学と交流協定を結んでいます。私の滞在期間にも日本の大学が関係するイベントがいくつも開催されていました。
 私は工學院(College of Engineering)、材料科學與工程學系暨研究所(Department of Materials Science and Engineering)の楊(Yang)教授の研究室に5月から10月までの半年間お世話になっています。


メインストリートから望む総図書館 (入学式を控え国旗、学旗が通り沿いに掲げられています)

写真1. メインストリートから望む総図書館
(入学式を控え国旗、学旗が通り沿いに掲げられています)

台湾大学のカリキュラム

学年暦としては8月から新年度ですが、入学式は9月1日、秋学期の授業は9月から1月にかけて、また春学期の授業は2月から6月にかけて行われます。両学期ともに中間試験、期末試験を含めて18週が設定されています。卒業式は春学期の期末試験よりも早い6月初旬に設定されており、5月下旬から7月末頃まで大学内の各所で黒ガウンと角帽を纏って記念撮影を楽しむ卒業生、修了生や家族連れの姿が見られます。写真2に示すように全学卒業生が会する卒業式及び学科、専攻単位で行われる卒業セレモニーには多くの家族が同席して卒業、学位取得を祝っています。両親だけでなく兄弟、親類が参集している学生もいました。台湾の教育熱は非常に高く、多くの子供たちは小中学生の頃から学習塾に通って勉学に励んでいるとのことで、大学卒業、学位取得は本人のみならず家族にとっての重要な到達点であり、卒業セレモニーは家族向けの意味合いが大きいように感じました。


卒業式会場前の様子

写真 2. 卒業式会場前の様子

授業は50分を1コマとして10分の休憩を挟んだ時間割が設定されています。多くの授業は連続する3コマが割り当てられていて一学期の講義で3単位を取得できます。1科目に3単位を設定していることで、本学の場合と比較して1.5倍以上の時間をかけて一科目を教授できるため、授業展開に余裕を持たせたり深みを持たせたりする自由度が大きいと思われます。一方で、総単位数から見た卒業要件、修了要件は本学と大差ないので、カリキュラム構成は専門特化型であまり幅広くないと言えるかもしれません。例えば本学での語学、専門基礎科目に相当する科目の提供は少ないようです。
 私がお世話になっている学科では卒業研究は必修ではなく履修率は一割以下でした。台湾大学はいわゆる研究志向の大学と言えますが、学部教育より大学院教育、博士前期課程より博士後期課程に重点を置いている印象です。大学院入試も競争的で、約半数は他大学からの入学者とのことです。一方で、学部時代に卒業研究を履修していないため、研究活動を開始するのは大学院に入ってからという学生がほとんどであり、その点で大学院1年生は本学の学部4年生と同等という印象も持ちました。

台湾大学での英語教育

英語を母国語としないという点において台湾は日本と同じです。しかしながら台湾大学では英語教育は全く話題になっていません。もちろん英語を重視していないのではなく、台湾大学のほとんどの学生にとって英語は既に学習やコミュニケーションの障害になっておらず、大学教育段階で殊更に英語教育を取り上げる必要がないということです。台湾の高校のカリキュラムは自由度が高いらしく、いわゆるレベルの高い高校では進んだ内容の授業がなされており、例えば英語もそのような高校の教育で十分鍛えられるようです。またそのような高校へ入学するために前述したように早い時期から学習塾へ通うという流れができているようです。
 語学系を除き台湾大学では英語の授業は学部初年度に設定されているのみです。写真3は学部2年生向けの金属工学の授業の様子ですが、英語の教科書が指定され、授業も特段断りもなく英語、中国語を織り交ぜながら進められており、学生もごく当然に受け入れています。ウェブサイトに公開されている大学院入試問題を見ると、語学系を除き問題は全て英語で記述されていました。ただし何でも英語化しようという意識ではなく必要な場面で自然に使われているという印象です。


学部2年生向けの授業の様子

写真 3. 学部2年生向けの授業の様子

研究室の様子

お世話になっている楊教授の研究室には、6月の博士学位取得後も在籍しているポストドクターを筆頭に博士課程、修士課程の学生が総勢20名ほど在籍しています。前述したように卒業研究が必修ではないために、前年度、新年度ともに学部生は在籍していません。
 主に金属材料を対象に電子顕微鏡法を用いた解析、評価を中心に、個別あるいはグループに与えられたテーマを並行して研究が進められています。学内外、国内外との共同研究も活発に行われています。研究室の学生に対して、的確なデータを得るための試料の作製方法や観察方法の指導、さらには得られた結果の適切な解析や評価方法の指導を行い、それらの教育活動を通じて共同研究の一端にも参画できました。
 電子顕微鏡やX線回折装置などの大型設備は専攻の共同利用機器としてそれぞれ専任の技術職員の管理のもとで運用されています。写真4は走査透過型電子顕微鏡で試料を観察する様子です。来年には最新の装置を導入できる見込みがあるという羨ましい話を聞きましたが、政府は維持費を措置してくれないのでいつも困っていると学科長の教授はこぼしていました。この辺りの根本的な事情は日本と変わらないようです。
 就職を考慮してインターンシップに参加する学生もいるようですが、新卒一括採用制度ではないため日本のような早期からの就職活動は行われていません。これには特に男性の場合兵役問題も大きく関わっているようです。台湾では年々兵役義務が縮小されていますが、やはり卒業しても兵役を終えないと就職を考えられないというのが本音のようです。


走査透過型電子顕微鏡

写真 4. 走査透過型電子顕微鏡

台北での生活

5月の滞在当初は日本より早い梅雨時期で雨傘が手放せない不安定な天候でした。6月半ばに梅雨が明けると一気に夏です。ピーク時の気温、湿度は近年の京都と同等、台風やスコールの影響も日本と同様ですが、期間が長いのが京都との違いだと言えます。5月中旬には真夏日、熱帯夜に突入し、梅雨明け以降ほぼ毎日熱帯夜が続いています。大通りに面したビルは直射日光を避けて歩けるように一階部分を歩道脇から下げて作られているので大変ありがたいです。
 台北、台湾の治安、マナーは大変良く、安心して生活できます。ただし車、バス、スクーターの運転は少し荒く、交差点を横断する歩行者、自転車と右左折車が阿吽の呼吸で入り乱れてすり抜けあっていく際のマージンは日本ほどないので注意が必要です。
 台湾は50年間日本の統治下にあったため、各地にその時代の建物や遺跡、またその時代から受け継がれている産業や文化もあります。ずっと保全されてきたものもありますが、民主化以降の発展の中で改めて補修、復元されてきたものも多くあります。台湾大学内にも常設展示館として開放されている多くの建物、設備があります。写真5は臺北帝國大學時代の流れを汲む実験設備展示室の様子です。こうした保全は単に日本由来だからという理由ではなく、一部は観光資源としての側面も大きいでしょうが、台湾は台湾の歴史を重んじていて日本統治時代もその一部であるという考え方が根底にあると思います。台湾は親日国だという言われ方がよくされ、実際に日本に好意を持つ人は多いですが、私が見たところ台湾の人々は日本人だけでなく他の外国人に対しても台湾人同士でも親切で、滞在中いろいろと気付かされることがありました。国際交流を考えた時、もう少し先方の歴史や文化について学んでおくべきだったという思いです。


物理博物館に常設展示されているコッククロフトウォルトン加速器

写真 5. 物理博物館に常設展示されている
コッククロフトウォルトン加速器

最後に

今回の海外派遣ではスーパーグローバル大学創成支援事業ならびに国際課の皆様に大変お世話になりました。事前準備の際には諸先輩方からも有用なアドバイスを頂戴しました。また不在中の業務についてご支援、ご協力を頂いている基盤教育学域数学・物理学科目をはじめとする関係教職員の皆様にお礼申し上げます。特に蓮池紀幸先生には授業代替担当でお世話になっており、深く感謝申し上げます。
 また受け入れ先の楊哲人教授、研究グループの皆様、学科長の林新智教授、事務職員の皆様には、現地での活動や生活に渡り多大なご支援ならびにご配慮を頂き、実に快適な滞在期間を過ごすことができましたことに心より感謝申し上げます。
 最後に、楊教授から台北一の眺めと紹介された象山から見る台北101タワーの夜景と、その台北101タワーの上部に設置されている科学と技術と芸術の融合チューンドマスダンパを写真で紹介して締めくくりとさせていただきます。


象山展望台から望む台北101タワー方面の市街地

写真6. 象山展望台から望む台北101タワー方面の市街地


台北101タワーのチューンドマスダンパ(直径5.5 m、質量660 t、制振率40 %)

写真7. 台北101タワーのチューンドマスダンパ
(直径5.5 m、質量660 t、制振率40 %)