村野藤吾(1891-1984年)は戦前から戦後にかけて多数の建築作品を遺しましたが、その中には同じクライアント(施主)から継続的、断続的に設計を依頼されたものが多数含まれています。大阪や東京を拠点とする大企業が長年に渡って村野のクライアントととなり、豊かな建築作品を支えました。
代表的な企業として中山製鋼所、湯浅伸銅、大丸(現・大丸松坂屋百貨店)、高島屋、大阪商船(現・商船三井)、川崎造船所(現・川崎重工業)、西武鉄道などが挙げられます。しかし中でも、戦前から戦後にかけて約50年間に渡って村野にとっての特別なクライアントであり続けたのが、近鉄(近畿日本鉄道)です。
その仕事は本社ビルや鉄道駅、百貨店、ホテル、劇場、映画館、住宅など、多岐に渡っています。多数の来場客を迎える都市的な施設が多く、その建築空間には、いかにクライアントの要求に答えいかに来場客をもてなすか、という難しい課題に対する村野の回答が表現されていると言えます。
今回の展覧会では、近鉄を事例として取り上げながら村野とクライアントの関係に焦点を当て、ひいては「近代建築とクライアント」という、これまで見過ごされてきた大きなテーマについて考えるための契機にしたいと思います。現存する作品を撮り下した現況写真を含めて、原図や模型などの資料を通して、村野藤吾の世界の一端に触れていただければ幸いです。