平成31年度入学宣誓式 学長祝辞

平成31年度入学宣誓式 学長祝辞

 京都工芸繊維大学に新しく入学した学生諸君、また本学学部からの進学者で「TECH LEADER」としてのコンピテンシーを高め、さらに研究活動を行うことを目指し大学院に進学した諸君、加えて本学以外の大学等から大学院に入学した諸君、本日皆さんととともに、この入学宣誓式を共に挙行できることを誠に喜ばしく、嬉しく思います。

森迫清貴学長の祝辞 

 本日、平成最後の年として入学宣誓式を迎えられたのは、学部生660名、大学院博士前期課程501名、博士後期課程33名です。
 本学は、皆さんの新しい力を期待するとともに、皆さん自身が新たな気持ちで学習、研究に取り組まれるであろうことを、大いに期待しています。教職員一同、また在学生とともに、今年の5月1日から始まる「令和」という新しい時代を切り拓くために一緒に頑張っていきましょう。
 本学では、育成する人材像を「TECH LEADER」と呼んでいます。この「TECH LEADER」とは、今から5年前の2014年(平成26年)に、日本の大学のグローバル化を促進する目的で公募のあったスーパーグローバル大学創成支援事業に申請する際に新たに定めたものです。もともと本学は前身校の設置以来、実学を支える高度専門技術者の養成を謳ってきていますが、「OPEN-TECH INNOVATION」を牽引する国際工科系大学における人材育成目標として、「TECH LEADER」という語を当てることにしたのです。このスーパーグローバル大学創成事業には、全国750余りの大学のうち109の大学が申請し、37の大学の事業が採択されています。関西では、本学、京都大学、大阪大学、奈良先端科学技術大学院大学、立命館大学、関西学院大学の6校です。

 「TECH LEADER」とは、「専門分野の知識・技能を基盤として、グローバルな現場でリーダーシップを発揮してプロジェクトを成功に導くことのできる人材」を言います。「TECH LEADER」には、本学卒業生として有すべき能力として「工繊コンピテンシー」と呼ばれる4つの要素を培うことが求められます。4つの要素は、「専門性」、「リーダーシップ」、「外国語運用能力」、そして「文化的アイデンティティ」です。学部入学生の皆さんは昨日のオリエンテーションで履修要項という冊子を手にされたと思いますが、これらについてはその最初の方のページに、学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)として記載されています。大学院履修要項にも記載があります。大学院入学生の皆さんには、本日のオリエンテーションで配布されます。必ず読んで、心に留めておいてください。
 「TECH LEADER」の「TECH」は、もちろんtechnology(技術)であり、本学は「技術者の教育」を行う高等教育機関です。本学の名前には「工芸」と「繊維」という言葉がありますが、これらは2つの前身校である、1899年(明治32年)に農商務省が西日本の生糸の安定生産を目的として指導者を養成するために設置した京都蚕業講習所と、1902年(明治35年)に東京・大阪に続き第三高等工業学校として文部省が設置した京都高等工芸学校に由来しています。京都であるがゆえに、「工業」ではなく「工芸」と名付けられました。いずれも産業を支える技術者教育を行う実学の学校です。
近代日本で工業技術者の教育機関が出来たのは、1873年(明治6年)の工部省による工学校が始まりと言えるでしょう。これは幕末に長州からイギリスに留学した長州ファイブの一人である山尾庸三の提言によるもので、当時「工業が成立していないのに、その工業で働く人材をつくっても意味がないではないか。」という反対を唱える者に対し、「まず人間をつくる。そうすれば自ずから工業化の途は拓ける。」といって説得し、開校にこぎつけています。

 工学校の修業年限は概ね6年、土木、機械、造家(建築)、電信、実地化学、冶金そして鉱山、造船が教えられていたようです。教員は8名のイギリスからのお雇い外国人であり、その校長はヘンリー・ダイアーというスコットランド出身でグラスゴー大学を出たばかり、着任当時、弱冠25歳の青年でした。ダイアーは、15歳で鋳物工場の職工に就職して、昼間は働き、夜はアンダーソン・カレッジという夜間学校を経て、グラスゴー大学で学んでいます。成績優秀で奨学金を得て、造船技術や土木技術などを学び、卒業時に教授の推薦で日本に来ています。山尾庸三もグラスゴーの造船所で働きながら同じ夜間学校に通っていました。
 工学校は1877年(明治10年)には工部大学校となります。ダイアーは、1879年(明治12年)に「技術者の教育」と題する英文冊子を発表しています。その中で、専門教育における技術者の資格についての二つの考え方を述べています。
 一つはドイツやフランスの考え方で、どれほど小さな問題を解くに当たっても高等数学を適用できなければ技術者の資格に欠ける、というものです。これに対してもう一つは、イギリスのこの時代の考え方で、ハンマーや鑿を自在に使いこなせることこそ技術者として資質であり、この方法は問題の解決が試行錯誤のなかで行われるために時間と費用がかかるが、それなりの成功を収めてきた、というものです。しかし技術教育はそのどちらでも十分ではなく、この両者を思慮深く連携させることこそを目標とすべきであり、学問と実地の経験とを車の両輪のように協力させることによってしか得られない、と述べています。
工部大学校は6年の修業年限でしたが、最初の2年間を予備的な基礎教育、次の2年間は専門教育としての講義と実地的応用、最後の2年間は実地の応用的訓練としていました。これをサンドイッチ方式と呼び、日本の技術教育の特長としてイギリスでは見ていたようです。
 本学は、学部4年、修士2年の6年間を対象とした教育を基本的なプログラムとしており、実験や実習が比較的多い大学として知られています。現在は医学、薬学のみならず多くの工学・農学系学部は6年一貫のプログラムを採用しています。本学では、最初の3年間に基盤となる専門教育、言語教育、教養教育を行います。この間、専門教育では先ほど述べたように実験、実習にも多くの時間が割かれています。

 

 学部4年生、関西では4回生と言いますが、これに修士の2年間を合わせた3年間は、講義等もありますが専門を応用して各自の研究やプロジェクトを行う期間です。この間に、海外の大学に留学したり、ワークショップに参加したり、企業に比較的長期のインターンシップに行くことができます。本学では、海外の大学とのジョイント・ディグリーやダブル・ディグリーといったプログラムも用意されています。この3×2の6年間に、博士後期課程の3年間を加えた教育研究プログラムを3×3(スリー・バイ・スリー)と呼んで、本学の教育研究の特長として知られるようになってきています。
 工部大学校は、その後文部省に移管され、1886年(明治19年)の帝国大学令により東京大学工芸学部と合併して帝国大学工科大学となります。実は世界の総合大学の中に工学部が置かれたのは、これが最初でした。1897年(明治30年)に京都帝国大学が創設されたのを機に、帝国大学は東京帝国大学に改称されています。この年に東京帝国大学工科大学造家学科を卒業したのが武田五一で、武田は2年後に東大助教授になり、ヨーロッパ留学を経て、1903年(明治36年)、31歳で本学の前身校である京都高等工芸学校図案科、現在のデザイン・建築学課程の教授に就任しています。武田は、1918年(大正7年)に名古屋高等工業学校(現名古屋工業大学)の校長、1920年(大正9年)に京都帝国大学建築学科教授と、二つの建築学科の設立に携わり、また1921年(大正10年)の神戸高等工業学校(現神戸工大学工学部)の設立にも関与しています。武田五一と同時期、1902年(明治35年)にフランスから帰国して図案科の教授になった洋画家の浅井忠も、工部大学校に付属する工部美術学校に入学しています。武田と浅井が図案教育のためにヨーロッパで収集してきたポスターや美術工芸品は、本学の美術工芸資料館にあります。京都高等工芸学校の初代学長である中沢岩太は1879年(明治12年)の旧東京大学理学部の卒業生です。1899年(明治32年)の京都蚕業講習所の開設時に部長として着任した石渡繁胤は、旧東京大学農科大学を1892年(明治25年)に卒業しています。明治も30〜40年ごろになると、日本の近代化を目指した技術者教育が行える教員体制が整っていったことがわかります。1899年(明治32年)に京都蚕業講習所が、1902年(明治35年)に京都高等工芸学校が開設されていますので、京都蚕業講習所開設から今年は120周年になります。また、京都工芸繊維大学の設置は1949年(昭和24年)ですので、70周年です。

 さて今年は、21世紀に入って20年近くになります。21世紀に入る直前の2000年に東京大学出版会から「工学は何をめざすのか東京大学工学部は考える」という本が出ています。この本のテーマは、「20世紀において工学はいかなる役割を果たしたのか。21世紀を迎えて、これからの工学はどのような方向を目指したらよいのか。そのために、大学の工学教育と工学研究はどうあったらよいのか。」というものです。
 20世紀は「技術のバブルの時代」であり、次々と起こる技術革新による生産性の向上と大量消費、さらにコンピュータも大量のエネルギーを消費し、地球資源を見境なく生産に結びつけた時代であること、そして20世紀後半の情報技術の発展も生産性の向上を第一とする20世紀的な価値観の延長上にあることを指摘しています。しかし、20世紀はそれなりに予測ができた時代であったことも述べています。一方、21世紀は本質的に「質」が違う時代でなければならないが、それは予測不能の時代でもあるということが述べられ、いまわれわれに問われているのは、「21世紀はどうなるのか。」という予測ではなく、「どのような21世紀を実現したいか。」という「意志」が問われているのだと、その本には記されています。
 21世紀へ向けた「意志」とは、われわれの未来をデザインすることで、「われわれの次の世代に何を残すか。」という問いに答えることだ、とも述べています。
 皆さんは、本学に「KYOTO Design Lab」という教育研究拠点があることを知っているでしょうか。
2004年(平成16年)の国立大学法人化後、本学は積極的に改革に取り組んできました。2013年(平成25年)に国立大学としての本学のミッションを見なおし、これまでの実績からデザイン・建築、高分子・繊維、昆虫バイオといった本学の特長、強みを明らかにしました。これに対し文部科学省は、機能強化を重点的に行う国立大学の一つとして、デザイン・建築分野で世界にプレゼンスを示せと、グローバル機能強化事業を支援してくれることとなりました。
 それを受けて2014年(平成26年)に「KYOTO Design Lab」を設置し、活動を開始しました。その活動の中核となってきたのは英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートやスイスのスイス連邦工科大学などの海外連携大学とのコラボレーションによるワークショップをベースとした分野融合型のPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)です。また、米国のスタンフォード大学との連携においては、同大学が世界的に展開している産学連携教育プログラム「ME 310」に日本から唯一参加しています。これらの活動から、国際的デザイン誌である「AXIS」において、世界のデザイン大学2018年のトップ記事として掲載される栄誉を得ました。ここで培ったデザイン・シンキングの方法論を本学の全分野に活用して、本学大学院では今年度から、Design-centric Engineering Program(dCEP)を開講します。dCEPでは、本学の各分野で生まれる革新的な要素技術やプロダクトを社会課題解決に結実させる実践的理論と展開力を身につけた博士人材の育成を目指します。このプログラムでは産学公連携が不可欠であり、国際連携も必要です。

 

 本学は、21世紀のデザインとして京都から世界に向け、新しい工学のイノベーションの波を作り出すという挑戦をしています。皆さんも、5月から始まる「令和」という新たな時代に向けて、今の社会、自分を見直し、前向きに考え、本学のチャレンジに加わってください。多いに期待しています。
 21世紀に入ってもう20年近くになります。21世紀のテクノロジーの戦略を世界に示し、それが花、実となって世界に貢献することができるよう、一緒に頑張りましょう。

平成31年4月5日
国立大学法人京都工芸繊維大学長
森 迫  清 貴