注目研究の紹介 2020年8月

 本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

【2020年8月】
 有機発光材料の創製と機能開発 (分子化学系 清水正毅 教授)

※最新の注目研究や他のバックナンバーはこちら

有機発光材料の創製と機能開発

 私たちの生活のさまざまな場面で、「光る分子」が活躍しています。例えば、スマートフォンやテレビでお馴染みになってきた有機ELデバイスは、電圧をかけると(電気を流すと)光る分子を使って、映像や文字情報をフルカラーで表示しています。生体内の特定の細胞や組織、あるいは分子やイオンと結合した状態になると発光する分子は、例えばガン細胞の可視化や代謝物の定量測定に利用されています。

 我々の研究グループでは、光る分子のデザインから始めて、デザインした分子の合成と物性の評価を行い、さらにそれらを機能材料として応用する研究に取り組んでいます。
 光る分子を創りだす研究の面白いところは、分子を合理的にデザインすることによって発現する物性がある程度予測可能であることと、そのことと矛盾しますが、ときとしてデザインした意図とは異なる性質や現象が見つかり、研究が思いもしなかった方向に展開するところです。

分子凝集状態で高効率発光する蛍光材料

 結晶や粉末などの分子凝集状態において緑色から黄色の蛍光を効率よく発するジアミノテレフタル酸ジエステルを開発しました。例えば右に示すように、アミノ基がPh₂N基である誘導体は、鮮やかに黄色発光します(右図)。
 そして、このテレフタル酸ジエステルの赤色で示した酸素原子(O)を硫黄原子(S)に代えると、すなわちテレフタル酸ジチオエステルにすると、発光色が黄色から橙色に劇的に変化します。テレフタル酸ジチオエステルは、置換基の種類によっては、赤色蛍光材料になることもあります。

 一方、ジアミノテレフタル酸ジエステルのアミノ基をアルコキシ基に代えると、今度は青色蛍光を発する材料になることも明らかにしました。テレフタル酸ジエステルは簡単にポリエステルへと導くことができるので、この青色蛍光材料をポリエステルにすると青色に光るポリエステルフィルムを作ることができます(右図)。
 そして、この青色蛍光性高分子に、黄色蛍光を発するテレフタル酸ジエステルを少量混ぜて薄膜状態にすると、その薄膜は効率よく白色発光することも明らかにしています。

システインを選択的に認識する蛍光材料

 分子凝集状態において橙色から赤色の蛍光を発するジアミノテレフタル酸ジチオエステルは、溶液中ではまったく発光しません。ところが、その溶液に生体チオールの一種であるシステインCys(アミノ酸の一種でもある)を添加すると、その溶液は緑色の蛍光を発するようになります(右図)。同じ溶液に、構造が似ているホモシステインHcyやグルタチオンGSHのような生体チオールを加えても、全く光りません。
 したがって、開発したジアミノテレフタル酸ジチオエステルは、システインを選択的に検出することのできるturn-on型蛍光プローブとして利用することができます。

希少金属を含まない室温燐光材料

 室温で燐光を発する材料は、有機EL、バイオイメージング、化学センシング、セキュリティインクなどさまざまな場面で利用されています。現在おもに使われている燐光材料は、イリジウムや白金に代表される希少金属を中心金属とする錯体化合物です。

 しかし、希少金属は文字通り、希少、高価なため、ユビキタスな元素のみで燐光を効率よく示す材料の開発に関心が集まっています。
 我々のグループでは、希少金属を全く含まないジアロイルジブロモベンゼンが、結晶状態において鮮やかに燐光発光することを見つけました(右図)。用いるアロイル基の種類を変えることにより、発光色を青から緑にまで変化させることができます。

 さらに、ジアロイルジブロモベンゼンの臭素二つがシロキシ基に代わると、高効率(量子収率0.46〜0.64)かつ長寿命(発光寿命76〜98ミリ秒)の緑色燐光を発する材料となることを明らかにしました(右図)。
 燐光発光は、本来、発光効率と発光寿命がトレードオフの関係にあるため、従来の燐光材料で高効率(量子収率0.45以上)かつ長寿命(発光寿命50ミリ秒以上)を同時に実現した例はありませんので、この結果は燐光材料の開発に新しい方向性を与えるものと言えます。

 続いて、シロキシ基はそのままでアロイル基がジアリールホスフィニル基に変わった1,4−ジホスフィニル−2,5−ジシロキシベンゼンが、蛍光と燐光を比肩する強度で同時に発する材料であることを見つけました。

 希少元素を含まない蛍光−燐光二重発光材料は、蛍光を主成分とし、燐光は定常光測定では極大を観測することが不可能なほど微弱でしかないものがほとんどなので、この材料の二重発光性は特筆に値する性質です。
 蛍光と燐光が比肩する強度で発光スペクトルを観測できるので、この燐光材料は燐光強度に影響を与える酸素分子や温度を検知するレシオメトリックな発光センシング材料として利用することができることを明らかにしています(右図)。

【主な発表論文】

  • Dual Emission from Precious Metal-Free Luminophores Consisting of C, H, O, Si, and S/P at Room Temperature.
    Shimizu, M.; Nagano, S.; Kinoshita, T.
    Chem. Eur. J. 2020, 26 (23), 5162-5167.
  • (Poly)terephthalates with Efficient Blue Emission in the Solid State.
    Shimizu, M.; Shigitani, R.; Kinoshita, T.; Sakaguchi, H.
    Chem. Asian J. 2019, 14 (10), 1792-1800.
  • Siloxy Group-Induced Highly Efficient Room Temperature Phosphorescence with Long Lifetime.
    Shimizu, M.; Shigitani, R.; Nakatani, M.; Kuwabara, K.; Miyake, Y.; Tajima, K.; Sakai, H.; Hasobe, T.
    J. Phys. Chem. C 2016, 120 (21), 11631-11639.
  • Aggregation-Induced Orange-to-Red Fluorescence of 2,5-Bis(diarylamino)terephthalic Acid Dithioesters.
    Shimizu, M.; Fukui, H.; Natakani, M.; Sakaguchi, H.
    Eur. J. Org. Chem. 2016, 2016 (36), 5950-5956.

※最新の注目研究の紹介はこちらをご覧ください。