注目研究の紹介 2022年1月

本学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。

 【2022年1月】
  ラマン分光法による新型コロナウイルス変異種同定法
  (材料化学系 PEZZOTTI Giuseppe 教授)

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ラマン分光法による新型コロナウイルス変異種同定法

研究のきっかけ

 新型コロナウイルスの変異種は、スパイクタンパク質(注1)とヌクレオカプシドタンパク質(注2)の両方に構造上の違いがあることが知られています。これらの変異の機能的な関連性は現在研究が進められているところですが、すでに、宿主の受容体との親和性、抗体耐性、診断感度に大きな影響を与えることが分かっています。
 
 現在のパンデミック下において、ウイルスの拡散を防ぐためには、ウイルス株を現場で迅速かつ正確にパターン化する技術が必要不可欠です。
 このパターン化する技術に、これまで我々の研究室で、新型インフルエンザウイルスなどのウイルスを対象に行ってきたラマン分光法を用いた解析や知見が役に立つのではないかと考え研究に取り組み始めました。

(注1) スパイクタンパク質・・・新型コロナウイルスのエンベロープ表面に発現するタンパク質であり、細胞への感染に重要な役割を演じる。スパイクタンパク質に変異が起こると感染力が増強したり中和抗体の効果が減少する可能性がある。
(注2) ヌクレオカプシドタンパク質・・・ウイルスのゲノム核酸と結合するタンパク質であり、ヌクレオカプシド(タンパク質とウイルスゲノム核酸の複合体)の形成に関わる。新型コロナウイルスではNタンパクがヌクレオカプシドタンパク質である。

新型コロナウイルス変異種のラマンスペクトル

 「ラマン分光法」とは、ラマン散乱光を計測して、物質の化学結合、分子構造、配向・結晶性、応力・ひずみ、温度、電気特性などを解析評価する分光法です。物質に光を照射すると、光と物質の相互作用によって入射光とは異なる波長の「ラマン散乱光」が射出されます。ラマン散乱光の波長(波数)を横軸に、シグナル強度を縦軸として表現したものが「ラマンスペクトル」です。つまり、ラマンスペクトルを解析することで、光を照射された物質がどのような分子構造をもっているのかが分かります。
 
 国立感染症研究所から供与を受けた様々な新型コロナウイルス変異種をラマン分光法で解析するにあたり、ラマンスペクトルの相違が顕著に得られる解析条件を見出すことから始めました。
 そして得られたラマンスペクトルが図1で、従来株とα株を示しています。α株は、従来株と比較すると、分子振動の様態(注3)に顕著な相違を示すことが分かりました。これらの相違は、(i) S-C結合による回転異性体(注4)、(ii) チロシンフェノール環の疎水性相互作用、(iii) RNAプリン塩基およびピリミジン塩基、(iv) タンパク質の二次構造などが関与しています。

(注3)分子振動の様態・・・分子の重心は動かさずに各原子が相対的に周期的に行う振動。ラマン散乱は分子振動のエネルギー変化に依存する。
(注4)回転異性体・・・立体配座が異なる異性体。配座異性体とも呼ばれる。

図3
図1.変異種によるラマンスペクトルの違い
(a)JPN/TY/WK-521(従来株)、(b)QK002(α株)、(c) QHN001(α株)

ラマンスペクトルを迅速かつ容易に共有

 次に、得られたスペクトルを迅速かつ容易にアクセス可能にするため、バーコード化しました。バーコード等の電子情報として管理する方法は医療現場等で一部導入されていますが、本研究についてもユーザー(医師や患者等)の利便性を高めるためバーコード化を検討しました。
 分子レベルでの解析結果とその統計的な検証に基づき、ラマンスペクトルを組合せたバーコードが図2です。これにより、簡易かつ迅速に変異種を同定する手法を樹立しました。

図3
図2.ラマン分光からバーコードへの変換アルゴリズム

今後の展開

 ラマン分光法は、ウイルス構造を分子スケールで明確に示すことが可能であり、新型コロナウイルス変異種に関する洞察的情報を迅速に提供することができます。本手法はウイルスが有する分子構造上の特性を高感度かつ迅速に検出するものであり、将来的に臨床サンプルからウイルスを濃縮精製する技術が向上すれば、これまでのPCR検査では実現できなかった「その場で数分以内」での変異種の同定が実現できる可能性があります。
 
 さらに、今回特定したラマンスペクトルの解析条件により、変異種が有する分子レベルでの様々な詳細情報(ウイルスタンパク質の異性構造、ウイルス表面のプロトン化条件、タンパク質の二次構造など)を入手することができます。これらの情報は、変異種が部位特異的に示す分子構造上の相互作用に直接関連していることから、ウイルスの形態形成経路を解き明かすと共に、新しいワクチンや医薬品の開発に貢献することが大いに期待されます。

【関連論文】

  • G. Pezzotti, F. Boschetto, E. Ohgitani, Y. Fujita, M. Shin-Ya, T. Adachi, T. Yamamoto, N. Kanamura, E. Marin, W. Zhu, I. Nishimura, O. Mazda, (2021) Raman molecular fingerprints of SARS-CoV-2 British variant and the concept of Raman barcode, Advanced Science
    (アブストラクトURL) https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/advs.202103287

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